壊れゆく、堕ちていく

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レイの話は思いがけないものだった。 自分の領地であるフルーツを専門に扱うお菓子屋の店、そこの店主を説得しろという要望だ。 「お前も知っているだろう。妻は妊娠していて、今は酷い悪阻に悩まされいる。食べ物もなかなか受け付けてくれないが、そこのフルーツタルトだけは食べれると言うんだよ」 この男は、どこまで無神経なのか。 捨てた元妻に、気にもかけなかった元妻に、後妻の状況を聞かせることが、どんなに惨めなものかを考えていない。 「作って寄越せと言っているのに、店主は頑なに拒否をする。しかも作って欲しければ、お前に会わせろなどと脅迫まがいまでしてくる始末だ。妻がソコの菓子を求めなければ斬り捨ててるところだぞ」 憤慨を隠しもしないレイは、相当頭に来ているようだ。 「話は理解したな。今から直ぐに向かうから付いて来い」 「……わたしの予定は聞かないのですね」 「聞く必要があるか? 国の英雄たる俺の願いを無下にし、人の命もどうでもいいと、そうお前は言うつもりか?!」 自己中心的で、後妻を気遣えど元妻に対する気遣いは一ミリ足りともない。それに思わずつい口を突いて出た言葉は、レイの怒りに火を点ける結果となった。 「とんでもありません。わたしでお役に立てるなら行きましょう」 「始めからそう言え。別れてからもいちいち気に触る女だな……行くぞ」 それが人にモノを頼む態度なのか。と言えれば楽なのに。 バカな女は罵倒を受けても、毛嫌いされても、どんな理由であれレイに望まれたことが、一時でも側にいることを許されたことが、嬉しくて悲しかった。
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