壊れゆく、堕ちていく

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「奥様……本当に来てくれたんですね」 レイは連れて来るだけ連れて来ておいて、自分はさっさと店から立ち去っている。 夕方までに作っておけ、という押し付けのような命令だけを残して。 わたしの顔を見た途端、泣き崩れてしまった白髪の店主は、別れも告げず急に居なくなったことで、どうやら安否を気にかけてくれていたようだ。 「顔を上げてください。時間がありませんので、作業に取り掛からねばなりません」 「正気ですか?! 貴女を追い出す原因を作ったあの高慢ちきな後妻の為に、してやる必要などないでしょう」 ……高慢ちき、ね。 国中に広まっている素晴らしい噂をこの店主は知らないらしい。 曖昧な笑顔で黙っていると、察した店主が怒涛の勢いで喋り出す。 後妻を娶ったレイは領民の税を大幅に引き上げたそうだ。豪遊に贅沢三昧、金を湯水のように使う後妻の為に。 ドレスや宝石、毎晩の夜会やいくつもの別荘を買い漁り、レイや後妻の暮らしぶりが派手であればあるほど、その負荷は領民に回ってくる。 おかげでこの地は、暮らしぶりが極端に悪化して潰れる店も多くなり、離婚に自殺に無理心中など最悪な状況で、治安もあってないようなレベルまで落ち込んでいた。 確かに少し見ない間に随分と寂れた街になっている。人の気配のない店や家、道を歩く領民の目に活気もなければ、レイの姿を目にした幾人かは、侮蔑と諦めの表情を浮かべるのを隠しもしなかった。 「噂は所詮、噂に過ぎません。あんなクソみたいなものを信じる奴など領民には一人もおりませんし、それは当然、奥様のことも含まれています。ここでは、旦那様は女神を追い出し、自分のお子かどうかも怪しい悪徳な妊婦に騙された阿保だと、もっぱらの噂ですよ!」 「……滅多なことを言ってはいけません」 興奮気味にまくし立てる店主をそっと諌めた。領民の不満はもっともだし、罵りたくなる気持ちも分かる。 だけど、もしこれがレイの耳に入ったら、店主は間違いなく殺されるだろう。
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