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厨房に案内してもらい材料を確かめる。
経済状況が不安では、仕入れる物資も高騰しているはすだ。
案の定、冷蔵庫に残されたフルーツは、いくらもなかった。
「奥様にご提案頂き、領地で取れた鮮度の高いフルーツで作るタルトは、店の人気商品になりました。ですが……もうウチには仕入れるお金がありません」
今日が最後のタルト作りになるでしょうと、力なく笑う店主に胸が痛くなる。
売り先に困っていた農家に、店主を紹介したのはわたしと執事だ。店主は店主で、運搬に時間のかかる隣街からの仕入れに頭を悩ませていたので、まさにどちらも都合が良かった。
新商品となるタルトの考案も三人で考え、店の売り上げアップはそのまま領地の収入に大いに貢献することになる。
「店を辞める前に奥様に会えて良かった」
先程の領民の現状は、店主の近い将来を表している。レイに逆らってまでわたしを呼んだのは、領民皆んなの恩人である奥様にお別れの挨拶がしたかったから、とポツリと零された。
……涙が出る。
奥様と、別れた今もこんなに慕ってくれているのに、死を決意した店主に何もしてあげられない。
自分の無力さが悔しくて歯痒くて。
二人して滲む視界で最後のタルトを作り上げた。
「次も頼むぞ」
出来上がったタルトを受け取って、お礼の一言も対価を支払う事もなく言い放ったレイは、全くと言っていいほど現実を見ていない。
「お待ち下さいませ。統治する者が民の状況を鑑みなければ、大切な方の命を守ることなど出来ません」
激怒され、斬られる覚悟で店主から聞いた話をレイに語れば、平手打ちが飛んできた。
「お前に口出しされる言われなどない。今まで潤沢な収入を上げていたのだ。少々の税の引き上げに不満を漏らすのも、店が潰れるのも、己の無能さ故だろう」
ああ、ダメだ……
この人には何を言っても通じない。
絶望と焦燥……レイがわたしに与えるものはそれ以外、なかった。
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