絡まる心、ほどけぬ心

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絡まる心、ほどけぬ心

「随分と遅い帰りだな」 「……申し訳、ありません」 わたしは上手く取り繕えているだろうか。 レイを怒らせて、置き去りにされ、乗車賃金の安い乗り合い馬車を何とか捕まえて帰って来たけれど、屋敷に入った瞬間、ロウの酷く不機嫌な声に出迎えられた。 「謝って欲しいわけじゃないよ。言っている意味、分かるよね?」 ええ。……痛いほど、理解している。 日暮れ前だ。 こんな時間まで外にいたら、あの時の二の舞いになるだろうと、憔悴しきったロウの表情が声もなく語っていた。 「カレンも心配してたし、俺だってあと少し遅ければ探しに行っていただろう。リリー、何を隠してるんだ。いい加減、教えてくれないと君の外出許可は出来なくなる」 何を言えばいい……? どう嘘を付けば誤魔化せるのか。 地に落ちた自分の噂など知られても構わない、と思っていたのに。 ここの居心地が良すぎて、カレンさんやロウの接する態度が優しくて、甘え、卑怯者に成り下がった自分は、今こそ懺悔し贖罪をすべき時なのだろう。 立ち竦むわたしに、近付いたロウが目の前に立つ。ゆっくりとこちらを覗き込む視線に戸惑い背けると、そっと指先が唇の端に這わされる。 「切れてる……見間違いかと思ったが頬も少し腫れてるな」 「こ、転んだのです。その、外で……」 「リリー。嘘はいけないよ。こういう傷は仕事上、見慣れているんだ。誰にやられたか答えてくれないか」 店で冷やして来たのに…… 真剣な表情の奥に見えた確かな怒り。逃れようもないロウの静かな責めに、わたしは目を閉じて観念の息を吐く。
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