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傷の手当てを受ける為、別室に誘導された。
処理が終わればお茶の用意がされ、向かいの席に促され、ロウも黙って腰を降ろす。
張り詰めたような、空気。
けれど、どこか柔らかい気がするのは、急かされず待ちの体勢を取ったロウの纏う雰囲気のなせる技だろう。
顔は見ない。
湯気の立つカップに視線を固定したまま、全てを、今の現状を作り出す原因となった過去の自分について、なるべく客観的に吐露していく。
そこに私的な感情を乗せることも、言い訳も、無実だと訴えることもしなかった。
ロウにとったらわたしは、たまたま通りがかった道で無体を働かれボロボロになった憐れな女。被害者で、可哀想で、惨めな女。
そんなわたしを不憫に思って優しくしてくれているだけで、稀代の悪女と名高いレイの元妻だと告げた今、全く逆の態度を取られても何ら不思議ではない。
心を無にする。
これから受けるロウの反応に傷つかぬように。
「リリー。いや、マリーと呼ぶべきかな。
これを言ったら君は怒るかも知れないが……俺は、知っていたよ。初めから、出会った時からね」
………は?
思わず上げた顔は、真っ直ぐに目の前のロウの姿を捉える。
額にかかる赤茶の毛を、ぐしゃりと握り潰すゴツゴツとした骨張った手の甲。
その隙間から見えたのは、気まずげに泳ぐ、同じく髪と同じ色をした瞳。
……ロウだ。確かにロウだった。
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