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若干、意識がどこかに飛んでいたと思う。
目が合って、見つめ返し、ロウがまた、所在なさげに視線を彷徨わせるまでずっと、見続けていたから。
「君はなぜ来なかったんだ。来てくれてたら、ああ違うな。手紙を寄越しさえしてくれてたら、俺はどこへだって迎えに行ったのに」
「……え、っと……?」
「あああ、これも違うな。君を責めた言い方をした。ごめん。そうじゃない。俺が全部悪いんだ。事前に直接行動もせず人に託してしまった俺の責任であって、君には一切の非なんてない。むしろ、君を酷い目に合わせのは俺のせいでもある。……ずっと言えなくてごめん。卑怯にも黙っててごめん。本当にすまない。どんな罵りも受ける。いや、いっそ殴って足蹴にしてくれ!」
一気に言葉の波が押し寄せてくる。
面喰らっている間にガンって大きな音もして、気付いたらテーブルに顔面を擦り付けるロウがいた。
……彼がこんなに喋っているのを聞いたのは初めてだ。肩で息してるし。上下に揺れている。
まさかここで罵倒と足蹴りを望まれるとは思わなかったけど、なんて言うか、凄い必死な感じは伝わってきた。
しかしその内容の一割も理解出来ず、行動もさっぱりなのだけれど。
「どうして、ロウが謝るの?」
「さっき言った通りだけど、君が、マリーが話してくれたのに俺だけが言わないのはズルいだろ」
「……わたしの噂、知ってたのになぜ?」
「噂が出る前の君を俺は知っている。英雄に嫁いだからと言って、性格が激変するような人じゃないことも、嫁いだ後の君の献身も。それに……くそっ、思い出させることを言ってしまうけど、あの噂がウソな証拠を、俺はこの目で見ている。君が……あの時まで、乙女だったことを」
薄っすらと覚えていた。
抱き上げてくれたロウが涙を流しながら、身を汚す白濁と鮮血を拭ってくれた事実。
殴れと、ロウが言う。
顔を上げて右頰をわたしに向けて。
あの時の話を持ち出した謝罪だとすぐに分かった。
……聞きたいだろうに。
結婚していながら「なぜ?」と。そこに触れないのはロウの配慮なのは、もう知っている。
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