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「なんだ。やっぱり捨てられたのか」
もう二度と来ることはないと思っていた。
一人きりで過ごした屋敷に、思い出らしい思い出もない屋敷に、出て行く際と変わらずレイがいることが不思議だ。
新しく愛しい妻を迎え入れ、別宅に居る必要がなくなったから当然と言えば当然だけど、噂通りだったことに少し胸が痛くなる。
ロウから届いたであろう手紙をヒラヒラさせて、嘲笑を浮かべるレイは、手の中のそれをぎゅっと握り潰すとテーブルに放り投げた。
横からスッとそれを拾い上げる執事は、前より随分とやつれている。疲労が色濃く残る顔に、つい目が行くと、ほんのりと目元が細まる。
大丈夫です。お気遣いありがとうございます。
言葉なんていらなかった。
「そうではありません。わたしがこちらに戻ることに互いにメリットはないでしょう。レ、英雄も奥様に余計な心労をかけるべきではないかと……」
「黙れ。来るつもりがないのになぜ来た? 講釈を垂れるなら帰るがいい」
違う。そうじゃない。と、本意ではない解釈をして怒り出すレイは、わたしの声に耳を貸そうともしない。
ここで引いてはいけないと、怯まずに腹に力を入れた。
「差し出がましいことを言いました。申し訳ありません。わたしがこちらに来たのは、なぜ侍女に召したいのか理由を聞かなかったから気になっただけなのです」
「……理由を言えばお前は来るのか」
「分かりません。けれど、聞いたら来ることになるかもしれません、とだけは申し上げましょう」
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