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「セレーナ。新しく雇った侍女だ」
「初めまして奥様。リリーと申します」
出迎えてくれた執事は、本当にわたしが来るとは思わなかったようで、扉を開けた瞬間に無表情だった顔の眉を跳ね上げた。
息を呑んで数秒後には、いつもの能面スタイルを取り戻し「貴女は来るべきじゃなかった」と小さな声で苦言を落とされる。
……ここにも居た。
わたしを気にかけてくれる人が。
笑ってお礼を言うと、「旦那様と奥様がお待ちです。こちらへどうぞ」と返され、一瞬だけドキリと脈打つ鼓動を手で押さえた。
覚悟していたはず。
微妙に歩調を緩めて前を進む執事には、わたしの心情などお見通しなのだろう。
さすがである。
彼の何気ない労わりに勇気を貰い、縮こまっていた心や身体を引き締め直した。
気怠げにソファに座るセレーナ奥様は、誰が見ても美人と言うだろう。手入れの行き届いた長い金髪に透き通る白い肌、丸く大きな瞳は空色の艶めきを放ち、ぷるんと濡れた唇に差した紅が蠱惑的な魅力を引き出していた。
傍に寄り添うレイは、セレーナ奥様の金髪に指を絡め、覗いた形の良い耳たぶに口づけを落とす。
わたしを見て、舌先を出し、舐めしゃぶる。
色のついた女の吐息が部屋に響き始めると、執事は静かに腰を曲げ、わたしを促しながらその場を後にした。
「あれぐらいで動揺してたら、この先はもっとお辛いですよ」
「……大丈夫、です」
声が震えていることを自覚する。
心が冷えていくのも痛いほど感じていた。
あれはレイによる手酷い洗礼だ。
お前は元妻でもない。愛してもない。ただの侍女だ。身の程を知れ。
自分の妻はただ一人、セレーナだけだと知らしめる為に、わざと見せつけてきたのだ。
普通なら受けようもない事をわたしに言ったと気付いているらしい。
最低最悪な申し出を断りもせず、のこのこやって来たわたしに対するレイなりの返事なのだろう。
……まだ好きだと思われているのか。
あながち間違ってないのが悔しいけれど。
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