情に溺れるひと時

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わたしに与えられた仕事は、領地や領民に関することだけではなかった。 セレーナ奥様へお出しする料理も業務内容に含まれていたことを、執事の説明により知ることになる。 「奥様は好き嫌いが激しいお方です。身重の身体を気遣い栄養のあるものをお出ししても、まず召し上がっては下さりません」 「そんなっ、ではどうしろと……?」 「マ……リリー様があの店のタルトの考案者だと言うことが、店主によって旦那様に知られてしまいました。奥様の好みに合わせたものを作れるはずだと、つまりはそういう事でしょう」 かなりこじつけのような役目を負わされた気がしないでもない。それに、タルトの事だってわたしだけが考えたものでもな……ああ、そうかと、したくもない納得をしてしまった。 店主はもう、最後だって言っていた事を思い出す。作り手が居なくなったから代わりを務めろと、そういう訳なのだろう。 ……ピキリと心が凍りつく。 マリーではなくリリーでいる事も、贅沢な暮らしを維持するのも、料理も、全部全部、セレーナ奥様の為。 レイが惜しみない愛を注ぎ、慈しみ、守ろうとするのは全部…… フッと笑いが込み上げる。 道化もいいところだ。 どんなにレイを想って尽くしたとしても、わたしではレイの心の琴線に引っかかりはしない。 ……妻でも今の立場でも。 分かっていたくせに。 ロウやカレンさんの心配を他所に来たくせに、助けたいなんて啖呵を切ったくせに。 偽善だったのだ。 現実の刃を向けられて、ズタズタに切り裂かれた心がそう、訴えていた。
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