情に溺れるひと時

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「リリー、今からでも遅くない。俺が断りを入れてもいいんだよ?」 ああ、ダメだなぁ。 迎えに来てくれたロウに、表面に施したつぎはぎだらけの武装はあっさりたと見破られていた。 屋敷での仕事の段取りに集中し、いくらか気を取り直したはずのに……セレーナ奥様に作った料理は口にして貰えず、レイに罵倒されたことで綻びが出てしまったのか。 初日で疲れが出ただけだと取り繕うも、ロウは憮然とした表情のままで納得した様子はない。 「俺はやっぱり英雄が好きになれないな。国を救ってくれた恩人だけど……彼の頭や目は腐っていると思う」 「……ロウでもそんな言葉を使うんだ」 豪奢な馬車に揺られ、華麗な軍服を身に纏うロウは間違いなく公爵だ。平民が口にしそうな言い回しを意外に思う。 「使うさ。だって俺は貴族だけど三男坊だからね。兄達に比べたら割りと自由奔放に育ったんだよ」 「お兄さんがいるんだ……あれ、でも」 「不思議かい? 兄を差し置いて公爵位を継いでることが」 うん、とは言えない。人様の家庭の事情に好奇心で首を突っ込むことは礼儀に反するだろう。 「兄達は俺と違って立派な騎士だったからね。国を守る為に戦争に行って……戦死したんだよ。両親は早くに亡くなっているし、だから継ぐ予定もなかった俺が公爵位を継いだってわけさ」 何でもないことのように話すけれど。 わたしは返す言葉を無くし、呆然と見ていることしか出来なかった。 爵位を継がない貴族の子息は要職から外れた仕事をするか、市井に紛れて親の金で道楽をして過ごすかのどちらかだ。 両親も兄弟も亡くし、一人きりになってしまったロウが背負ったものの大きさは、とてつもなかっただろう。 それこそ、悲しみに暮れる暇もないほどに。
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