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屋敷に帰って来たわたし達を見て、執事はこれでもかというほど目を大きく見開き瞬いた。
「……風呂に行く。馬車の清掃とコレを頼む」
言い置いて、さっさと中に入るレイの背は疲労が色濃く滲み出ている。
執事ともあろう者が礼を取ることも忘れ、突っ立ったままその姿を見送った後、ゆっくりとこちらに顔を戻す。
目線が上から下へとわたしを辿り、無言の彼と目が合った。
「二人で農作業をして参りました。と言っても草むしりを少々ですが……で、そちらの果物は労働の対価として頂いたものです」
箱に入ったそれらをレイから受け取った執事は、自分の腕に包まれたものを今一度確認すると、土と汗に汚れ、皺だらけになった服のわたしが言った言葉により、正常を取り戻していた目がまた大きく開かれて「二人…? 草むしり…?」と、小声で呟いた。
信じられないことを聞いたという顔をしている。……無理もない。
領地を見回ったことも農作業もしたことのない人間が、元妻と一緒になってやることとは思わないだろう。
でも事実である。
なぜ俺がっ!と噛み付くレイに、自分が言い出した言葉の責任を持つべきでしょうと、やんわりと諭した。
人を雇えば仕事の効率も収入も上がると、レイは確かに言ったのだ。
この農場の果物が毎日欲しいとも。
しかし家人には雇う体力も収穫を増やす体力も運ぶ暇さえなかった。
ならば落とし所は一つしかないだろう。
レイが若い働き手となり、その対価として税ではなく作物を頂くのだ。どちらにもこれ以上ないほどのメリットがあると提案したわけだが、案の定レイは納得しなかった。なので、
『税を納めれず店を潰した者を怠慢や無能と呼び、貴方は切り捨てた。その理論で言えばこの農場主も当て嵌まるのでしょうね。嫌なら何もせずお帰りなさって結構ですよ。ただし、そうすれば奥様は一生、ここの果物は口に出来なくなりますが……』
その決定権はレイにあると、選択肢という名の渾身の一撃を放った。
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