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ある男の独白について
書類に走らせていたペンを止める。
ある昼下がり。
陰鬱な毎日を払拭する唯一の時間を堪能する為、雑多なものに囲まれた部屋の窓を開け放ち、眼下に見える道沿いに目を向けた。
心地良く身に纏う風。
新鮮な外の空気が優しく部屋に流れ込んできて、テーブルに置いた書類が巻き上がる音を立てる。
拾うのは後でいい。
今は目の前に広がる光景の方が大事だから。
ベージュ色の服。
その集団が通り過ぎる僅かなひと時を待つ為に。
「隊長。……書類、床に散らばってますよ」
「……ノックもなしに勝手に入って来るな」
意識に割って入る野太い声の持ち主。
無骨な兵の声量は無駄にデカくて耳障りだ。
「何度もしましたよ。返事がないなって思ったら、また見てたんすか?」
「別に……お前には関係ないだろ」
「ありますよー、隊長が早く指示してくんなきゃ現場の俺たちは動けないんすから」
床に落ちた書類を拾い上げる音と、ぶつぶつと文句を垂れる言葉が背中に突き刺さる。
「少しぐらい、いいだろうが」
「いいっすけど……でもあの子はもう、英雄に嫁いだはずじゃなかったですか?」
……そんな事、言われなくても痛いほど分かっているさ。
分かっていても、長年の日課となっているこの行為を辞めれない自分の諦めの悪さや、傷口を広げるような軽い口調で、的確に核心に触れてくるデリカシーの無さに苛立ちが隠せない。
通るはずのない人を探し、服に面影を追い、追った後にあの子の残像を重ね合わせてしまう短い時間ぐらい……許してくれよ。
我ながらしつこいと自覚しているが、温め続けた5年間の想いをすぐに消してしまえるほど、俺の心は簡単でも単純なものでもない。
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