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綻びの波紋
広大な農地は雑草が伸び放題。
せっかく実を結んだ作物も地面に転がり、潰れたまま放置されていた。
記憶の中で整然とした豊かな実りをもたらしていた光景は、もはや見る影もない。
落胆によるため息を飲み込み、家人が住まう扉に声をかけた。
「これはこれは、ようこそおいで下さりまし……っと、り、領主様も一緒とは……」
「なんだその顔は。俺がいちゃマズイのか」
「と、とんでもございません。みすぼらしい家ですが、どうぞお入り下さいませ」
レイの姿を捉えギョッとして狼狽る家人は、慌てたように取り繕い部屋に招いてくれた。
家人の動揺は相当のものだっただろう。
離縁され何の関係もなくなったわたしが、領主であり元夫のレイと一緒に来たのは通常じゃあり得ない組み合わせだ。
「お口に合うか分かりませんが、どうぞ」
懐かしい。ここに来たらいつも出されていた馴染みのもで喉を潤した。レイは訝しんでいたけれど、一口飲んでから続け様に飲み干していたので気に入ったのだろう。
「急に参ってこのような質問をするのは失礼かもしれませんが……あの、息子さんは?」
「……息子は、家を出て行ってしまいました」
「えっ、では……」
「お察しの通りでございます。年老いた老いぼれ一人でこの農場を切り盛りするのは不可能でして……」
「人を雇えば済む話じゃないか」
「領主様。……お恥ずかしい話ですが、その余力が我が家にはないのですよ」
「何故だ? 働き手が増えれば自ずと収穫は増え収入も上がるだろうが」
詰問に苦り切った顔で黙り込んだ家人に、レイは無頓着にもその心情に気付かないようだ。
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