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緩やかに、穏やかに、浸透する熱
「いま、何て言ったんだい?」
普段通り、今日の夕食の仕込みをカレンさんと一緒になって作っている最中、わたしが聞いた何気ない事はそんなに驚かれることなのだろうか。
顔の上半分を重力に逆らって勢いよく跳ね上げて、裏返った声で聞き返された。
「ロウの好みの女性像について伺いました。わたしより付き合いの長いカレンさんなら知っているんじゃないかと思って……」
レイの領地にて、どこをどう捉え間違えたのか、一度ならず二度までも経営の再建を担ったわたしの手腕を、ロウは高く評価してくれたらしい。
買い被り過ぎに褒め過ぎだと言ったけど、謙遜するリリーも可愛いねと、妙にちぐはぐな事を言われ、公爵家の領地経営についても見てほしいとお願いされてしまったのだ。
由緒正しい公爵家の状況を、わたしのような平民であり素人が口を出すのもおこがましい。恐れ多くて辞退の旨を伝えたけれど、ロウはとにかく強引だった。
英雄を手助けしたのに俺のことは助けてくれないの? なんて言われ、数々の恩がある身としては断るに断れない。
こうしてわたしは、ロウの仕事の休みの日だとか、空いた時間だとかで、公爵領地を連れ回される日々を送っているわけだが……非常に由々しき事態である。
要するにロウの自由時間がないのだ。
恋をする暇も、相手を見つける暇も。
ロウだったら身分もさることながら、誠実で真面目で見た目もいいから引く手あまたなはずなのに。
どういうわけか、ご親族の方からの推薦も、ご友人からの紹介もなく、女の影らしい影が全く見当たらないのである。
前々からずっと感じていた焦燥。
いい加減、カレンさんのこの精力料理も辞めさせてあげたいし、余計なお世話かもしれないが、ロウ自身もロウの周囲も相手探しをしないなら、わたしが見つけてあげようと思うようになっていた。
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