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すれ違い、惑う心
逃れることは出来ない。
わたしから全てを奪い尽くす、地獄の未来を決定づけた手紙から一夜明けた。
寝台に伏せることもせず、二人共同の寝室でまんじりともせず椅子に腰掛けて、一睡もしなかった頭と身体の疲労は、急な訪問者により一瞬で吹っ飛ぶことになる。
乱暴に開け放たれた扉。
ノックも声も発さず遠慮なく入り込む長身は、黒眼黒髪の異界の男。……夫である。
驚きと呆然の後に続いたのは、久しぶりに見た。会えて嬉しい。来てくれてありがとう。
という、歓喜に満ちた感情。
視線が外れない。外したくない。
喜びで打ち震える身体を握った拳で堪える。
胸の奥底から込み上げる強烈な恋情に翻弄され、昨日の出来事で引き裂かれていた心など遥か彼方に消え去っていた。
手酷い裏切りをした張本人を前にして、計り知れない傷を与えてくれた男を前にして、抱いていい感情ではない。
けれど。
だけど。
性懲りも無く、この期に及んで、尚も縋り付き、欲して止まないと訴える心はどうしようもなかった。
「 お前は俺の居ない間に、随分と好き勝手に振る舞ってくれたものだな。簡潔に言おう。今すぐ荷物をまとめてここから出て行け」
………え? ………え?
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