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リックはひとりで砦の淵に立った。凶暴な風が吹く灰色の空を見ても、もう足は竦まない。
「行けるか」
リックが静かに頷くと、アロモはリックの手を取った。骨ばった力強い手に引かれ、次々に岩を渡る。最初はもつれるように重かった足が、やがて軽やかに動き出した。
砦の真下にまで来ると、下にある雲の切れ間から、一列に並んで飛ぶ白い大群が見えた。
「うまい具合だ。気の早い鳥がもう渡りを始めている。まだあれほど数が多いということは、ここは王都より北のはずだ。あれは南下する間に少しずつ数を減らし、最後の数羽は王都を通り越して国境近くにある湖まで飛ぶ。風を読み、王都まで一緒に連れて行ってもらうといい」
「わかった。アロモ、きっとまた会えるよね?」
リックの不安を取り去るように、アロモは笑顔で頷いた。
「ああ。その石を手放さずにおれ。地上に下りたら、その石の気配を辿ってそなたを探そう。下に降りて行く場所に困ったら、書見塔のヴィントを頼れ。書見塔は知っているか? この国に古くから伝わる膨大な書物を蔵した知識の宝庫だ」
「うん、少し斜めになってる古い塔でしょ」
リックは揚々と返事をした。王都の地理については、夏至祭に行った際、父から詳しく聞かされていた。
「その通り。マルグラントは元々書見塔の司書で、総司書ヴィントの弟子だった。ヴィントは俺がこの国で最も頼りにできる人物だ。奴なら必ず力になってくれよう」
「わかった。王都に行ったら、書見塔のヴィントさんのところに」
「それから、スクーロの連中には気をつけろ。人目のつくところでは、石を使わないことだ」
「でも、スクーロの人たちならアロモのことも助けてくれるんじゃないの?」
「いいや、絶対に余計なことはするな。関わると厄介なことになる」
アロモの顔が険しくなり、みるみる機嫌が悪くなるのがわかった。リックは大人しく空へ飛び下りようとして、もう一度だけアロモを振り返った。
「心配するな。そなたが俺の息子なら、きっと大丈夫だ」
アロモはにやりと笑い、自信たっぷりに頷いた。それは今までに何度も見たことがある父の顔だ。リックも笑顔で頷くと、勢いよく岩を蹴って空中に飛び出した。
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