第16話 善き臣下

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 サメロの思考に呼応するよう紅の石が明滅し、オートの全身に鳥肌が立った。  サメロは今までに見せたことがないほど強い力でオートの手を振り切り、紅の石を手に取った。石を手にしたサメロは飛ぶように階段を駆け上がって外に出ると、警備の兵士の目を憚ることなく背中に赤い翼を携えて、塔の頂上まで飛び上がった。  後を追って飛び出したオートは動揺している部下に構わず、塔の階段を駆け上がった。螺旋状に連なる急な階段に目を回し、破裂しそうな鼓動を抑えて頂上に着いた頃には、既に東の空が白んでいた。  昇る陽光の向こうに、スクーロの石使いたちの影が見えていた。彼らが城を正面にせず、この塔に狙いを定めていることは明らかだった。  朝日を背にオートへ振り向いたサメロの顔は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。その顔に、オートは一瞬だけ己の行いを後悔した。 「君が、あの使者に教えたのか……」 「サメロ様、もう、俺ひとりの力ではあなたを止められない」 「君だけは、私を理解してくれていると思っていたのに……」 「ただ黙って主君の言うことを聞くだけが、善き臣下と言えるでしょうか。俺は、あなたの様子がおかしいことにもっと早く気付くべきだった。最初からあなたを諫めることができていれば、こんなことにはならなかった」 「共に、この国を導くのではなかったのか!」  サメロは蒼白のまま絶叫してオートの胸倉を掴んだが、オートはもう怯まなかった。 「理想を実現するために、多少の犠牲は仕方がないのだと思っていました。しかし俺にはどうしても、他人の犠牲の上に成り立つものが、本当の繁栄や幸福だとは思えないのです。そう思ったからこそ、あなたのお力になりたいと思っていた。傷ついた俺にただひとり声をかけて下さった、あのときのあなたは、まるで天の使いのようだったのに……」 「黙れ……この国の人間こそ、弱者を虐げ、真実を知ろうともせず、他人に責任を押し付けて繁栄を極めてきた!」 「相手を憎み、蔑むことでしか自分を誇れないなんて虚しいと思いませんか……このままでは、いずれあなたもそうなります! 今のあなたに、彼らと何の変わりがありますか!」  そこでオートの意識は途切れた。オートが最後に覚えているのは、サメロの燃えるように紅く輝いた右目と、何かが割れるような音だった。
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