第17話 紅と碧

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 石は懐にあったが使えるとは思えず、リックにしてみれば、前に自分が飛んだことさえ追い詰められたことによる奇跡としか思えなかった。 「この馬はそなたの言うことなら聞くのだろう。優しく語りかけてやれ。『汝の秘めたる魂に翼を、我に力を貸してくれ』とな」 「な、汝の秘めたる魂に翼を、我に力を貸して……」  言い終える前にシズクの毛がざわざわと粟立ち、植物が芽吹くように大きな翼が生えた。驚きと戸惑いに息をのむリックをよそに、シズクは自分の背に突如現れた翼を気にすることなく走り続けている。 「そなたが動揺すれば馬が怯える。深呼吸して、堂々と命令すればいい」  アロモが落ち着かせるようにリックの肩を掴む。リックはその掌の温かさに心強さを得て、自分を信じて風のように駆けるシズクの手綱を引くと、大きく息を吸った。 「飛べ!」  シズクは勇ましい鳴き声をあげて立ち止まり、大きく前足を上げた。するとその前足が次に蹴ったのは、地面ではなく空中だった。  まるで見えない階段がそこに敷かれているように、シズクは一歩ずつ空中を駆け上がってゆく。瞬く間に他の石使いたちより高く飛び上がると、今度は水平に、東の塔に向かって空を走った。 「シズク、凄い、凄いよ!」  リックが喜んで褒めると、シズクはますますその速さを上げていった。 「浮かれて手綱を取るんじゃない。ここから先は、自分の命もこの馬の命も、そなたの手綱にかかっているのだからな」 「そうか、そうだね」  リックはシズクのたてがみをさらりと撫で、手綱を握る手に力を込めた。   *  先に飛び出した者の間では、既に空中戦が始まっていた。スクーロの石使いたちの気配を察し、城付きの石使いたちがいち早く、朝焼けに白む空に飛び出してきたのだ。地上では騒ぎを聞きつけた王立軍の兵士たちが一斉に立ちはだかり、下から攻撃を仕掛けようとしたスクーロの石使いたちを迎え撃った。 「やはり夜明けと共では遅かったか。明るくなっては、姿を隠すこともできぬ」  ベラはひとり呟くと、容赦なく城付きの石使いたちに雷を鳴らして撃ち落とす。やがて陽が昇り、相手がベラの顔を認識するや、彼らは怯んだように踵を返した。 「大鷲に乗っているのはベラだ!ほかを狙え……」 「逃がすか!」  ベラは黒髪を靡かせ凄まじい速さで追い駆けると、逃げたひとりを撃ち落とした。その下に、地上の兵士たちを件の正当防衛という手段で弾き飛ばしながら突進するヌーヴォの姿があった。ベラは地面すれすれに急降下し、ヌーヴォに近付いた。 「お主、その方法でいつまで持つのかえ」 「気になさらないでください。私は私のやり方で、この戦に参加します」 「左様か、なれば健闘を祈る」 「ベラ様も、どうぞご無事で」  ベラは再び飛び上がり、自分を狙って集まっていた城付きの石使いたちに向かって、耳を(つんざ)くような音を立てながら順番に雷を落としていった。   ◆
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