第17話 紅と碧

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 マルグラントは夜の間、ざわざわとした不穏な気配に囚われて眠ることができずにいた。心配したフロールがカミツレの香草茶を淹れるために水場へ行ったが、一向に戻って来る様もない。  やがて東の空が赤く染まり出した頃、今度は外に大勢の人間の気配を感じる。鉄格子の窓に近付き、その様子を確かめようとしたときだった。 「マルグラント様!」  扉の外で絶叫するように自分の名を呼んだのはフロールに違いない。慌てて扉を開けると、真っ青になったフロールが抱き着くように転がり込む。マルグラントはフロールを抱き締めたまま、勢いに負けて後ろに倒れ込んだ。  マルグラントは彼女が何かに怯え、体が震えているのを感じ、扉の外の闇に浮かぶ紅い光に目を凝らした。 「サメロ殿下……」  石を片手に佇むサメロの右目は紅く燃え上がり、その顔は今までに見たことがないほど憎しみに満ちている。何より異様であったのは、その身に大小様々な赤い蛇がびっしりと巻き付いているにも関わらず、少しも気にした様子のないことだった。  サメロの持つ紅の石には亀裂が走り、その僅かな隙間から、絶え間なく赤い蛇が飛び出していた。落ちた蛇はするすると床を這い、マルグラントとフロールへ近付いた。 「来ないで!」  マルグラントが靴底で勢いよく蛇を踏みつけると、蛇は音も立てずに煙となって消えたが、ほっとしたマルグラントの腕をサメロが掴んで自分の元へ引き寄せた。 「マルグラント……」  マルグラントは美しかったサメロの憎悪に歪んだ顔と、燃えるように光る紅い目に一時怯んだが、フロールを突き飛ばすようにして自分から離した。 「マルグラント様!」  心配して駆け寄ろうとするフロールの目が、思わず紅の石に引き付けられる。途端に石のように固まったフロールの目を、サメロの手を振り解いたマルグラントが塞いだ。 「石を見ては駄目!」 「マルグラント様、サメロ様は……」 「ここから逃げて、オートを呼んできて。すぐここに来るように伝えて!」 「でも、マルグラント様を残して逃げるなんて!」  マルグラントは手を離し、涙に濡れたフロールの頬を両手で包んで微笑んだ。 「平気よ、私はアロモと婚約するときに覚悟を決めたの。紅の石なんて、怖くないわ!」  マルグラントはフロールを部屋の外に突き飛ばして扉を閉め、すぐに鍵を掛けた。フロールは慌てて扉を叩いたが、決して開く気配がないことに意を決すると、暗い塔の階段を駆け下りて行った。  フロールが塔を下りていく足音を確認し、マルグラントは静かにサメロへ向き合った。部屋には蛇が溢れていたが、最初の一撃を警戒してか、マルグラントに襲い掛かるものはない。 「殿下……こうなる前に、アロモに石を返さなければならなかったのに。オートがここに来るまで、私と一緒にいましょう」  すると、サメロは憎悪に満ちた顔を悲しげに歪ませた。 「オートは来ない」 「来るわ!」 「私が殺した」
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