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マルグラントは崩れ落ちそうになるのを堪え、すぐに部屋から出ようとした。しかしサメロは飛び上がってマルグラントの前に立ちはだかり、逃げようとするマルグラントの体を強く引き寄せた。
「マルグラント、前々代の紅の石使いが残した手記はどこだ……君が見つけた秘密の書は、今どこにある! それさえ手に入れば、ヴィント卿も、オートも蘇らせることができる!」
サメロは振り絞るような声で訴えたが、マルグラントはかっと自分の頭に血が上るのを抑え、サメロの顔をきつく睨んだ。
「私はヴィント様のことを生き返らせてほしくない。ヴィント様も、絶対にそんなことを望んでない! 禁書とあの手記に書かれたことを誰より憂慮されていたのはヴィント様よ。人は、一度死んだら絶対に生き返らないのよ、そう思って生きなければならないのよ!」
「君の御託などどうでもいい! その書はどこだ!」
サメロはマルグラントに詰め寄ったが、マルグラントはもう怯まなかった。憐みの目でサメロを見ると、憎悪に満ちているとばかり思っていた彼の顔が悲痛に歪んで見えた。すべてが手遅れであることはサメロが最も理解しているように思えたが、マルグラントは彼に差し伸べる手を持っていなかった。
「手記をあなたに渡すことはできない。もう、この世にないんですもの」
サメロが驚きに目を剥いた瞬間、爆風と共に部屋の壁が崩れた。大きく開いた穴から飛び込んできたのは、大鷲に乗ったベラだった。
「サメロ殿下、覚悟なされよ!」
勢い飛び込んできたベラだったが、赤い蛇が溢れかえった部屋に、サメロの姿と大きく膨れ上がった紅の石を見ると、怯えたように顔色を変えた。
「駄目よ、逃げて!」
「小娘! お主、このような化け物と共におって平気か!」
「邪魔しないでくれ。覚悟するべきは、君のほうだよ」
サメロがベラに右手を向けると、紅の石が鋭く光り、指先から発した赤い光の刃でベラの乗る大鷲の羽を焼き切ろうとした。ベラは慌てて塔の外に飛び出したが、刃は僅かに羽を掠め、動揺した大鷲は激しく羽ばたきながら落ちて行く。
サメロは言葉を失ったまま座り込んだマルグラントの腕を強く掴んで立ち上がらせると、石の力で扉を突き破り、マルグラントを引き摺るようにして塔の階段を上った。
「彼女の恐れに満ちた目を見たか? 伯爵さえ殺せば、もうこの石は誰の手にも負えない。君の姿を見れば、必ず伯爵が来るはずだ。君を囮に、返り討ちにしてやる……」
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