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「私はこの国の人たちを恨んではいない。そんな人たちばかりではないことを、よく知っているから。自分がヴァガに生まれたことだって、誇りに思ってるわ。殿下、あなただってその体に流れる血の半分はこの国の王族のものなのよ。確かに酷いことをしたかもしれない。でも、それは司書も石使いもお互い様だわ。きっと歴代の国王陛下にも、私たちが知る由もない苦悩があったはずよ。それでも何代にも渡ってこの国と民を守り、平穏に治めてきたじゃない。どうしてそれを誇りに思えないの!」
すると表情を失っていたはずのサメロの顔がたちまち歪み、マルグラントに詰め寄った。
「言うな! 私がどれだけその血を呪い、そして呪いきることもできなかったか、君にはわからないだろう!」
「わかりたくもないわ! あなた結局、全部人のせいにしたいだけなのよ!」
マルグラントは恐れることなくサメロの目を見据えた。するとサメロの紅く燃える右目に、僅かに影が差した気がした。
「その……碧い目で……私を見るな!」
サメロは怯えたようにマルグラントから離れて塔の端に立つと、城に向かって右手を掲げた。瞬時に赤い風が舞い上がり、左手に持つ紅の石が鈍く光る。
「この国の歴史は、ここで終わる」
「止めなさい!」
サメロの右手に閃光が走るのと、マルグラントがサメロに飛びついて押し倒すのは同時のことだった。サメロの右手から放たれた太陽のように眩い光は大きく狙いを外し、城の背後にあるオーザの山の中腹に直撃した。轟音と共に山が崩れ、地が揺れるほどの強大な力に、石使いと兵士たちも思わず衝突を中断した。
マルグラントはサメロの頬に涙が落ちるのを見て、初めて自分が泣いていることに気が付いた。しかしそれが誰のために、何のために流した涙なのか自分でもわからなかった。
「あなたが壊そうとしているものは、これまでの紅の石使いたちが必死に守ってきたものでもあるのよ。どうしてそれがわからないの……」
思わず泣き崩れそうになるマルグラントの上を、大きな影が通り過ぎた。咄嗟にマルグラントが空を仰ぐと、そこには白虎に跨ったマザレの姿があった。
「マザレ様!」
「マルグラント! もう大丈夫よ、アロモとリックももうすぐここへ来るわ。よく頑張ったわね、ヴィント卿も、きっと天であなたのことを誇りに思ってらっしゃるに違いないわ!」
マザレはマルグラントに手を差し伸べたが、マルグラントがその手を取る前に、サメロが勢い起き上がった。マルグラントの腰を抱くように自分へ引き寄せると、マザレに対面した。
「マザレ学長、あなたの役目も今日で終わりだ」
必死に逃れようとするマルグラントを凄まじい力で抱いたまま、サメロはマザレに紅の石を向けた。マザレはすぐさま先に攻撃を仕掛けようと紫の石を振り上げたが、赤い風に包まれ、前髪を吹かれたサメロの面差しに、不意に懐かしさが込み上げて手を止めた。
「あなた、ジョイオ……!」
戸惑うマザレを意に介さず、サメロが紅の石を翳したときだった。
「母上! 如何した!」
マザレは頭上からアロモが自分を呼ぶ声に我を取り戻すと、すぐさま高く飛び上がり、サメロからの一撃を躱した。すると、アロモの叱咤するような叫び声が続いた。
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