第1話 天空の砦

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 リックの背に現れた白い翼は風に乗り、伸び伸びと大きく広げられているようだった。 「すごい……!」  地上では決して見ることのできない眺めに、リックは初めて世界の広さを知った気がした。景色を遮るものは何もなく、遥か遠く、王都の向こうにあるオーザ山脈まで見渡すことができる。  既に先へ進んでいた鳥たちを追いかけるよう、リックは翼を強く羽ばたかせた。すると体がぐんと前に出てすぐ鳥たちに追いついたが、酷く疲れもした。横に並んだ彼らを見ると、どれも垂直に羽を伸ばし、見えない床の上を器用に滑っているようだった。 「君たち、頭がいいんだね」  リックが呟くと、隣にいた鳥が答えるようにグワァと鳴いた。  王都から東にあるオーザの山々は、この国にとって天然の城壁になっていた。山向こうにある他国の侵攻を阻み、海を越えた先にある西の大陸で生み出される嵐や雪雲も、オーザの山を越えることはできない。東から定期的に吹く海風を受け止めて作られる雨雲は大地を潤し、豊かな土壌を育んだ。  六つの国がひしめく小さな大陸で、さして大きくもないこの土地がヴェレーガルと名付けられ、大国に頼ることなく豊かに発展できたのは自然の恩恵に()る所が大きかったのだと、いつか母から聞かされたことを思い出した。  王都には遠くから見ても特徴的な三つの建物が立っていた。都の中心にある小高い丘に悠然と(そび)え立っているのが国王の住む城で、そこから離れた北の端にある、若干傾いているように見えるのが書見塔だった。残りのひとつがスクーロで、それは城から東にずっと離れ、ほとんど都の外と思われる場所にある。城とも塔とも区別がつかないそれは、空中に浮かぶ砦に似ていた。  リックが眼前に広がる光景を食い入るように見つめていると、それまで優雅に飛んでいた鳥たちが、急にざわざわと羽ばたいて列を乱した。あたりを見回すと、ひゅ、と何かが(くう)を切るような音と共に、一羽の鳥が苦しむような鳴き声を上げた。  それは弓矢だった。翼を射られた一羽の鳥が、破れた凧のように落ちていく。リックは秋の終わりであるこの時期に、渡り鳥を待ち構える狩人が多くいることを思い出した。  狩人は鳥が来る季節になると、短い期間に何羽もの鳥を鮮やかに仕留めていた。弓の名手である彼らはリックの憧れでもあったが、狩られる側に回るとこれほど恐ろしい者もいない。  身の危険を察知した鳥たちはぐんと高度を上げ、リックも必死で背中の翼を羽ばたかせた。すると狩人は諦めたのか、それ以上矢が放たれる気配はなかった。うるさく鳴いていた鳥たちも落ち着きを取り戻し、すっかり列を組み直す。 「ごめんね。でも僕たち人間も、生きていくには仕方のないことだから」  ほっとして鳥たちに微笑むと、風を切る音と共に鋭い痛みが走った。リックはすぐに自分の翼が射抜かれたことを理解して下降しかかったが、痛みを堪え、震えるように翼を羽ばたかせた。  リックが嬉しかったのは、鳥たちが自分を守るように飛んでくれたことだ。彼らは列を崩して散り()りに飛び回り、示し合わせるようにけたたましく鳴いた。 「ありがとう。さっきは僕と同じ人間が、君たちの仲間を殺してしまったのに」  呟きながら、リックは自分の意識が薄れていくのを感じていた。
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