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「母上ほどのお方が、何を躊躇することがある!」
「アロモ、ああ、私がもっと早くに気が付いていればよかったのよ! 私がちゃんとジョイオに向き合っていたら、彼女を探していたら、こんなこと……!」
戸惑っていたのはマザレだけではなかった。サメロと初めて対面するはずのリックもまた、高度を下げぬまま動揺したように何度もサメロの周りを旋回している。
「リック、そなたまでどうした! もうよい、俺が降りてあ奴を縊り殺してやる!」
そう言って飛び降りようとしたアロモを制するように、リックは更にシズクの高度を上げた。
「なぜだ! 皆、今更になって怖気づいたか!」
後ろで怒鳴るアロモに、リックは困惑した表情で振り向いた。
「駄目だよ、殺さないで! あの人やっぱり、国王陛下になる人だよ! 僕のいた世界では、公平無私の賢王って呼ばれてるのに……」
「何だと!」
それ以上の会話を続ける前に、サメロがリックとアロモ、マザレに向けて赤い光を放った。マザレの乗った白虎は主人の動揺を察したようで、己の意思でひらりとそれを避けた後、マザレを乗せたまま身を翻して塔から離れた。
シズクも動揺して慌てたように走り出したが、赤い光が目前に迫ったところでアロモが飛び降り、その光を両手で受け止めた。光は何度か雷が弾けるような閃光を放ったが、やがて勢いを無くし、アロモの掌に吸い込まれて消えた。
「アロモ!」
「そなたはそのまま逃げろ。あ奴に、格の違いを思い知らせてやる!」
アロモは遥か下にいるサメロが持つ紅の石に向かって右手を伸ばした。すると石はアロモの方へ引っ張られるようにサメロの手を離れようとし、サメロは右手で抱えていたマルグラントを手放すと、慌てて両手で石を掴んだ。
「私の石が!」
「貴様の石ではない!」
落ちてきたアロモが石を掴むと、二人に触れられた紅の石が今までにないほど強く輝く。互いの力が衝突し、瞬間的に爆発が起こった。
「ああ!」
マルグラントは悲鳴を上げ、爆風で塔の端に吹き飛ばされた。土煙の向こうにアロモとサメロが押し合っている影を見た気がしたが、意識は次第に遠のいていった。
◆
爆発のなかでもアロモとサメロは吹き飛ぶことなく、互いに紅の石を離さなかった。サメロのぎらぎらと燃える右目がより紅く輝けば、石の割れ目から次々と赤い大蛇が飛び出し、アロモの体に巻き付いていく。
アロモは自分の体力がみるみる消耗していくのを感じていた。汗が吹き出して息が上がり、これまでに感じたことがないほどの力の重さに、己を奮い立たせるしかなかった。
『アロモ……』
頭のなかに降る悲痛な声に黙れと叫びたかったが、声を発することすら辛い。
『無理だ。これ以上は、元々が石使いでない君の体がもたない』
「そんなことを言っている場合か!」
ようやくの思いでそう叫んだ瞬間、アロモの力が緩んだ。その僅かな隙を、サメロは見逃さなかった。
「伯爵、君の負けだ」
サメロが冷たく微笑むと、次の瞬間、激しい爆風と共に、アロモの体は人形のように塔から投げ出された。
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