第18話 リックとアロモ

2/6
前へ
/130ページ
次へ
 ――俺にはまだ、やるべきことがあるってことだ。  既にスクーロの石使いたちと戦が始まっているらしく、遠くに怒号や爆音が聞こえたが、きちんと指揮を取る者がいないのか、塔の近辺は静まり返ったまま人の気配を感じない。ようやく正面まで辿り着くと、その前に部下が倒れているのが見えた。 「どうした! 大丈夫か!」  慌てて駆け寄ったが、部下の体は引き裂かれ、既に絶命した後だった。 「どういうことだ、もう、誰か塔に入ったのか?」  開いた入り口の奥に、もうひとり倒れたままの人影が見えた。オートは剣に手を掛けてじりじりと近付いたが、その顔を見た瞬間に息が止まった。 「フェーロ様……!」  目の前に横たわっていたのは、腹に深々と短刀が突き刺さったフェーロの体だった。   ◆  混沌とした意識のなかで思い出すのは、マルグラントの顔だった。アロモと自分を孤独の縁から救い上げた少女の顔は、太陽のように眩しく、ときに、月のように優しかった。それが自分の記憶なのかアロモの記憶なのか、もう自分にはわからない。気が付いたとき、アロモは既に側にいて、記憶も経験も、すべてを共有して生きてきた。   * 「私は歌も踊りも下手だったから、もしキャラヴァンに残っていたら、占術師になる予定だったのよ。ほら、私の掌を見て」  マルグラントはあるときそう言って、アロモに両手を見せた。 「右と左、どちらの皺も同じ形でしょう? 小さい頃、キャラヴァンで一番の占術師だった大ばば様に言われたの。『お前の手はどっちも同じ形だね、この手を持つ人間は嘘が吐けない。だから、いつでも正直に生きるんだよ』って」  聡明な彼女がめずらしく回りくどい話をするのは、話し難いことがあるからだ。それは彼女と過ごした一年と、会えずに恋焦がれた一年の間に学んだことだった。 「マグ、俺に何か話したいことがあるんじゃないのか」  アロモがそう言って笑うと、マルグラントは困ったように首を傾げ、はにかんだ笑顔を見せた。その笑顔はいじらしく、すぐにでも抱き締めて口づけの雨を降らせたいアロモの気持ちが伝わってくる。 「怒っても、泣いてもいい。ただ、最後まで私の話を聞いてほしいの。あなただけじゃなく、あなたのなかにいる彼も一緒に」  マルグラントが自分の存在に気付いていることも、既にわかっていた。しかしこのように正面から語りかけられるのは初めてで、アロモは笑顔を引っ込めると、僅かに眉をひそめた。 「聞いてくれないのなら、荷物をまとめてヴィント様の所に帰るわ」 「待て、聞かないとは言っていないだろう。そなたのそうしたところに可愛気がないと言うんだ。ヴィントも喧嘩の度に戻って来られては、気が気じゃないだろう」 「そうよね、私もヴィント様にこれ以上ご心配をお掛けしたくない。長い話なの。私も、最後までちゃんと話せるかわからない。先に、紅茶を淹れて来るわね」  それでも尚話すことをためらうように、マルグラントはひらりと台所に駆けて行った。 「お前、俺の知らないところでマグに何かしたんじゃないだろうな」  アロモからそう言われても、何ひとつ思い当たることはなかった。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加