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紅茶を淹れたマルグラントは幾分落ち着いた様子で、アロモの向かいに腰掛けた。
「本当はもっと、後になってから話せばいいのかもしれない。でもさっき言った通り、私は隠し事ができないの。これからずっとあなたの側にいるのに、いつこのことをあなたに話そうか、なんて考えながら暮らすなんてきっとできない」
マルグラントは書棚から一冊の古い書物を取り出した。きちんと製本された書物だったが、表紙を開くと、それは個人が記した手記のようだった。しかしそこに書かれている文字は複雑で、アロモや自分には理解できない古い言葉が使われていた。
「この手記を書いたのは、ブローテクとジョイオ。前々代の紅の石使いと、その妻」
『待って! マグに待つように言って。話さないで』
嫌な予感がして、思わずアロモに語りかけた。アロモは不審そうにしつつ、仕方なさそうにそれをマルグラントに伝えた。
「奴が話すのを待てと言っている」
するとマルグラントは姿勢を正し、美しく碧い目をアロモに向けた。しかしそれはアロモに向けられたものではなく、その奥にいる自分に向けられているのだとすぐにわかった。
「リック」
長く呼ばれることのなかった名に、酷く狼狽えた。しかしアロモはそれに気付かぬ振りをして、表情を崩さずにいる。マルグラントはそのまま、優しく諭すように続けた。
「あなたリックなんでしょう。ごめんなさい、私はもう全部知ってしまったの。この手記に書かれていることはすべて読んだし、マザレ様にもお会いしてきたの」
「何だと? マザレに会ったなんて俺も知らんぞ」
「最後まで聞くって言ったでしょう。あなたは少し黙っていて」
怒っても泣いてもいいと言っていたのはマルグラントのはずだったが、彼女はもうアロモより自分と対面することに必死のようで、アロモは渋々口を閉ざした。
「私は誰のことを責めたいわけでもないの。ただ事実を話したい。そんなの自分の勝手だとわかっているけれど、知りたがりの上に、隠し事ができないの。お願い、アロモに話してもいいわよね? 大丈夫、もしアロモがあなたを責めたりしたら、私が叱るから」
『君が、そこまで言うなら』
「俺のほうが腑に落ちないが、奴は話してもいいそうだ」
アロモは肩肘をついたまま苦虫を噛み潰すように言ったが、マルグラントは少しも気に留めることなく、ほっとしたように微笑んだ後、すぐ真顔になった。
「前々代の紅の石使いには妻と子供がいた。だけど彼はこの屋敷で、ある日突然無残な姿で見つかった。そこに妻と子供の姿はなかった。これはアロモも知ってることでしょう」
「ああ。妻子が消えたのも、世間で紅の石の仕業と言われていることだろう」
「それは半分本当のこと。紅の石使いだったブローテクは、石の呪いを受けて死んだの」
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