第19話 約束

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「その通りだ! 同じ父の血を引くがゆえに、常に優れた弟たちと比較されてきた余が、これまでどれほどの屈辱を受けてきたか貴様にわかるか? 勇壮で武術に長けた弟と、美しく聡明な弟と……神はどちらも、余に与えてはくれなかった! あの二人が血の繋がらぬ全くの他人であったなら、これほどまでに奴らを恨むこともなかっただろうな!」  オルトドクが唾を飛ばして怒鳴る様子に、オートは困惑した。彼の苦しみを理解しようと思えど、それがフェーロを手に掛け、サメロを追放してよい理由にはならなかった。 「……それで、あなたは身の危険も顧みず、ここに何をしに来たんですか」  オートがようやく発した言葉に、オルトドクは目を細めた。 「あのヴァガの娘だ。まだ生きている。あの娘は美しい。側妻として、余の手元に置いておきたい。最初は他のものを買ってもよいと思ったが、あのように若いヴァガの娘を海外から取り寄せて買うには、随分な手間と時間がかかるようなのでな」  平然と言い放ったオルトドクに、オートは吐き気がするほど嫌悪した。怒りに剣を抜きそうになる右手を抑え、血が滲むほど唇を噛みしめたが、ふと上の階から最初に感じた不気味な気配が押し寄せてくることに気が付いた。それまで自分を睨んでいたオートが別の何かに視線を向けたことで、オルトドクも思わず上を振り返ると、固唾を飲む。  次の瞬間、二人が逃げる間もなく押し寄せてきたのは赤い蛇だった。大小様々な赤い蛇が波のように押し寄せ、二人の体に巻き付かんばかりに上ってくる。 「これは、紅の石から出たものか!」  オルトドクは足元から這い上がってきた蛇に悲鳴を上げてオートのほうを振り向いたが、叫んだ口を閉じるのも忘れ、そのままの姿勢で固まった。オートがわけもわからないままオルトドクに近付こうとすると、後ろから呻くような声がした。 「どけ」  オートの背中にざわざわと鳥肌が立った。信じられぬ思いと共に振り向くと、そこには短刀を腹に刺したまま、体中に蛇を纏った亡霊のようなフェーロが立っていた。 「フェーロ様、ご無事で……」  その姿に、オートも戦慄した。身動きできずにフェーロのことを見つめていたが、フェーロはオートを少しも気にすることなく、恐怖に怯えたオルトドクに迫った。 「あの大鷲は、やはり貴様の差し金だったのだな。貴様のような救いようのない男が……」  フェーロは喉の奥底から絞り出すような声を出すと、腹からゆっくりと短刀を抜いた。すると穴の開いた腹からおびただしい血が流れ、それが好物と言わんばかりに多くの蛇が群がっていく。 「お待ち下さいフェーロ様、お命が!」  オートが絶叫したことも、フェーロには聞こえていないようだった。制止を振り切ると、口から血が溢れ出ることも構わずオルトドクに突進した。 「貴様如きが玉座に居続けるくらいなら、サメロに奪われたほうがまだ諦めもつく!」  フェーロは怯えて身動きもできずにいたオルトドクの胸を一突きし、そのまま前に倒れ込んだ。蛇は既に事切れたフェーロの体にどこと構わず食らいつき、たちまちその姿は蛇に覆い隠された。
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