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「この期に及んでまだ石に執着するか。さっきも言っただろう。それは貴様の石ではない。紅の石が誰かの所有物になることはない。俺はただ、預かっているだけだ」
「詭弁だ。それは、石を使いこなせていない者の言い訳に過ぎない」
サメロは石を掴んだまま、アロモに飛び掛かった。すると石は、サメロの力に呼応した。アロモは先ほどの押し合いを思い出しながら、体にかかる重圧に耐えて石を掴んだ。
マザレに癒してもらったはずの体から再び血が噴き出し、どこかへ飛んで行こうとする意識を必死に繋ぎ留める。サメロの顔は醜く歪みながらも嘲るように笑い、自分を睨むアロモをしかと見据えていた。
「伯爵、いっそどこかで死んでいれば、これほどの苦しみを味わうこともなかっただろうに」
アロモは燃え盛るサメロの右目を見ながら、それが既にサメロのものではないことを理解した。諦めるように目を閉じると、意識を失うように首を後ろに傾けた。その様子を見たサメロが僅かに力を緩めると、紅の石がこれまでにないほど強い輝きを放ち、石を持つ手から閃光が走った。
「何だ、どういうことだ」
戸惑うサメロが力を込めても、石は反応しなかった。それはサメロより遥かに強い力に呼応し、サメロの力を抑え付ける。すると気を失ったと思ったアロモの首がゆらりと起き上がり、狼狽えるサメロを優しく見つめた。
「サメロ、君のことを救いたい」
アロモが目つきも口調も全く知らない誰かになったことに、サメロは困惑した。動揺したまま力を使おうとしても、みるみる別の力に包み込まれてゆく。
「伯爵……どうしたんだ」
「君は、自分の体に流れる二つの血に心を引き裂かれていた」
「違う、伯爵じゃない、君は誰だ……」
「今までずっと、ひとりでその運命を背負うのは辛かったはずだ」
「黙れ、私の何がわかる!」
「もっと早く気付いてあげられたらよかった。憐れで愛しい、僕の弟」
アロモが穏やかに笑うと、サメロの目が開かれ、すべてを理解したように息を止めた。
「リック兄様……!」
アロモは静かに微笑んだまま、力尽きたように横へ倒れ込んだ。
アロモの姿が視界から消えると同時に、困惑したままのサメロの目に飛び込んだのは鋭く迫る刃だった。刃を避ける間は与えられず、何が起こったのかわからないまま右目に走った激痛に、獣のような叫び声を上げながら後ろに倒れ込んだ。
*
「俺がサメロに挑めるのは次が最後だ。しかしおそらく俺の体では、力で押し負けることになるんだろうな……」
アロモは苦々しい顔で乾いた血に塗れた両手を見つめたが、その目は諦めていなかった。リックに鋭い視線を向けると、華奢な肩を勢いよく掴む。
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