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「父になった俺は、そなたに弓の腕だけは早く自分を越えろと言っていたんだろう。して、その腕は越えられたのか?」
アロモの鬼気迫る表情に、リックは思わず体を引いたが、引いたところでアロモが再び有無を言わさず迫ってくるために、体は大きくのけぞった。
「多分越えた、ばっかりだと思う」
正直なところそこまでの自信はなかったが、血走った目をしたアロモの迫力に気圧されて、そう言わなければ許されないような気がした。しかしアロモは満足そうに頷くと、両手でリックの頬を愛おしそうにぐりぐりと撫でた。
「そうか。ならば俺がもう一度だけ、サメロのことを押し留める。どうにか奴の注意を俺に引き付けておくから、その隙を突いて、そなたが奴の右目を射抜くのだ」
アロモがあっさりと笑いながら言うことにリックは青ざめたが、アロモのほうは既に覚悟を決めたようで、不敵に笑ったまま顔を寄せた。
「なに、もし誤って俺を殺しても、自分の存在が消えるだけだ」
それが自分の緊張を解くための冗談なのか何なのか、リックにはわからなかった。しかしリックの目に動揺を見て取ったアロモは、ぽんぽんと頭を叩くと、最後に優しく呟いた。
「そなたのことを信じている。親になった自分のこともな。心配するな、きっと大丈夫だ。それからお前が持つ、あの不可思議な石のことだが」
アロモが言わんとしていることは、リックにもすぐに見当がついた。
「わかってる。これは、最初から僕の石じゃないと思ってたよ」
「ならばその石は、奴に与えてやってくれ。母上、これ以上の争いは無意味だ。母上にはスクーロと王立軍、双方に停戦を呼びかけるよう願いたい」
「リック、本当にひとりで大丈夫なの?」
マザレから心配そうな顔を向けられたリックは、無理に笑うことはしなかった。しかし悲壮な顔をすることもなく、覚悟を決めたように頷いた。
「アロモが心配するなって言ってるんだから、きっと大丈夫だよ」
それはリックが自分を奮い立たせるための言葉でもあった。ひとたび父が「心配するな」と言えば、いつも大抵のことは何とかなったのだ。
「わかりました。私もあなた方を信じ、無事を願います」
アロモが力強く頷くと、マザレは笑顔で白虎に飛び乗り、瞬く間に天空へ駆け上った。
*
リックは砦の頂上と水平になる空中で、揉み合うアロモとサメロを見ながら手の震えを抑えられずにいた。アロモは予定通りサメロの注意を自分に向け、サメロは砦の周りを静かに飛ぶ自分に気がついてはいない。しかしあまりに接近することは危険で、一定の距離を保ちつつ、何度も弓を引いてはその手を下ろした。
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