第2話 三つの勢力

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「あなただって、紅の石の恐ろしさを知っているんでしょう?」 「もちろんです。あの石ひとつで、この国の軍隊ひとつ分の戦力に相当します。当世一と言われる伯爵が本気で力を出せば、国を傾けるぐらい訳のないことでしょうね」 「でもアロモは掟に従って、ちゃんとオーザの山奥で静かに暮らしていたじゃない。必要とあれば、国にも力を貸していたはずよ。それなのに、どうしてこんなこと……」 「確かに彼には気の毒なことをしました。よもや出自も知れぬ孤児だった彼が紅の石使いになろうとは、スクーロの教師たちも(つい)ぞ思っていなかったでしょう。己の実力だけで築き上げた地位と名誉を取り上げてしまうのは、大変申し訳なく思います」 「紅の石使いになることが、そんなに名誉なことかしら」  紅の石を持つ者は、その力の強大さゆえに政治や軍事に関わることを禁じられていた。王室や書見塔といった国の中枢機関の他は世間に干渉することを制限され、人里離れたオーザの山奥に用意された屋敷で一生を過ごすことが絶対の掟であり、もし家庭を持つ者があれば、その家族もまた同様の掟を強いられた。  前代の紅の石使いは生涯を一人で暮らし、ひっそりと息を引き取った。前々代の紅の石使いには妻子があったと言われていたが、ある日突然、彼は全身を引き裂かれる悲惨な姿で死んでいた。  彼の妻と子供の姿は屋敷の隅々まで探しても見つからず、おそらくは不意に力を増した紅の石に妻と子供が喰われ、それに抗った石使いが紅の石の力に勝てなかったのだという噂が人々の間で(まこと)しやかに流布していた。 「彼らは強さの代わりに、自分の人生を犠牲にしているのよ」 「それだけの価値が、あの石にあるからです」 「アロモから石を奪ってどうするつもりなの。あの石は、アロモにしか使えないのに」 「ご心配なく。紅の石を使えるのは伯爵だけではありません」  マルグラントがどれほど言葉を尽くしても、サメロの思惑は一向に見えなかった。言葉はサメロに届く前に、彼の前にある見えない壁にかき消されてしまう。  本心に深く踏み込まれる前にするりと逃げる様は、出会ったばかりの頃のアロモに似ていた。自分を孤独に追い込むことで強くあろうとする様はときに痛々しくも見え、マルグラントはサメロに対して今にも燃え上がるような怒りを感じつつ、憎み切ることもできない自分に苛立ちを感じるしかなかった。   ◆ 「今日はよいお天気のようです。庭に出てみますか」  オートは本来このような場所でマルグラントの監視をするよりも、前線での活躍を期待される勇壮な見目をしていたが、庭に何気なく咲いている草花に詳しく、頭上を飛ぶ鳥の名前をすらすら述べ上げたりと、ここでの暮らしを気に入っているようだった。 「ありがとう。オート」  マルグラントは外に出ると、腕を伸ばして深呼吸した。吹く風が足元の草を揺らし、雲間から太陽が顔を出せば野の緑がきらきらと光り出す。自分の身に起こった事態とは無関係に、世界は穏やかに流れている。 「王立軍があるのに、どうして紅の石まで欲しがるの」
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