第2話 三つの勢力

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 マルグラントは庭の花々を熱心に眺めていたオートに声をかけた。ここでの彼しか知らないマルグラントには、彼が武器を手に戦うところなど想像もできなかった。 「今はどの国とも友好的な関係を築けているでしょう。わざわざ紅の石を奪わなければならないほど、強い力を持つ必要があるのかしら?」 「マルグラント様や我々には、想像もつかない事情があるのです」 「あなた本当は、その事情を知っているんじゃないの」  オートは困ったように笑うと、オキザリスが咲いていますね、と庭の隅を指さした。言われるままにそちらを見れば、いじらしいほど可憐な花弁をつけた白い花が咲いていた。 「マルグラント様は、王室と石使いと司書の三角関係をご存知ありませんか」  王室に並ぶ機関としての書見塔とスクーロは、それぞれ独自の規律により機能していた。マルグラントが属していた書見塔は、始まりを今の王室と同じくする。ゆえに、歴史は優に四百年近くになっていた。元は王室の一部で、国史を編纂(へんさん)する機関が必要な史料を収集するうちに、膨大な書物を有することとなったのが最初だった。  やがてそこには史料であるかどうかに関わりなく様々な書物が納められるようになり、城を圧迫し始めたそれらを新たに保管する場所として建てられたのが、現在の書見塔の(いしずえ)になった。  塔に運び込まれた書物は智の遺産として、王室のみならず民や国外の者にも広く公開されていたが、古代文字や異国語で書かれたものまできちんと管理をするためには、知識の豊富な人材を多数あてがわなければならなかった。    そうした者を迅速かつ的確に集める方法として採用されたのが司書試験だ。受験資格は身分を問わず誰にでも平等に与えられ、試験に合格し司書として採用された者は、生涯を書見塔の司書として奉仕することと引き換えに、家族まで生活を保証された。  そのため年に一度行われる司書試験には、回を重ねる度に受験希望者が殺到した。受験者が増えるにつれ、膨大な手間と混乱、不正を懸念した司書たちは、あるときを境に受験資格を十三歳までの者に限ると決めた。即戦力よりも素地のある者を見習いとして採用し、書見塔に入れてから司書を育成することに方針を改めたのだ。    こうして着々と塔としての機関が整えられてゆくなかで、ある時代、王室からの命令により書見塔の上層部たちの手でひとつの書が編まれた。しかしその書は記されてすぐ幾重にも封印が施され、何人たりとも読むことを許されないものとなってしまう。  今となってはその書がどのような経緯で編まれ、何を記しているのかを知る術はなく、ただただ厳重に保存されていることから、今では暗黙のうちに『禁書』と呼ばれている。  書見塔がそれを保管する役目を負うと、それを機に、完全に王室から独立した機関となった。それまで多くの者に開かれていた塔の扉も固く閉ざされ、収蔵された書物を閲覧できるのは、原則として司書のみに限られることとなる。それが、今から三百年近く前のことだった。
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