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「変化は必ず訪れます。いつまでも永遠に変わらぬものなどないのです。今はまだ外部に紅の石が伯爵の手から王室に移ったことは知られていませんが、もし知られたらスクーロの石使いたちが黙っていないでしょう。おそらく書見塔の司書たちも」
マルグラントは地面に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。オートも同じような気持ちでいるに違いないが、彼はただ淡々とその事実を受け入れているようだった。
「殿下を説得できないの。石をアロモに返せば、すべて解決することでしょう」
オートは再び困ったような笑顔で首を振った。
「これはサメロ様だけの問題ではありません。既に王室全体が関わっていることなのです」
「王室ぐるみで一体何がしたいっていうのよ」
「一介の兵士には想像もできません。俺はただ、サメロ様にお仕えするだけです」
「殿下は王室で孤立していたと聞くけれど……あなたのように優れた武人が、どうして玉座に就けないサメロ様にそれほどの忠誠を誓うのかしら?」
「あなたも遠慮のない方だ。これ以上、余計な詮索はお止め下さい」
踵を返して屋敷へ戻るよう促すオートは、今度こそ本当に話す気がないようだった。
「是非はともあれ、サメロ様がいかに優れたお方かあなたも既にお分かりでしょう。あの方には人を惹きつける力があります。上に立つ者の多くが手に余る仕事を他人に任せることが多いなかで、サロメ様は決してそういうことをされない」
「だから、ここへもわざわざ自分で来るのね」
「あなたに申し訳ないという気持ちもあるからですよ。普段から失礼のないよう、できるだけ快く過ごして頂けるようにと言われています」
「しかし、決して甘やかし過ぎることもないように」
◆
マルグラントの言葉に、オートは気を引き締めた。サメロからは、確かに同じことを言われていた。元は書見塔の司書、それも総司書のヴィントから直々に教えを受ける秀でた司書の前で、余計なことまで話したことを後悔した。
――俺にとって大事なのは何だ。マルグラント様は、単なる憐れな少女とは違う。
マルグラントを屋敷へ入れ、無言のまま扉を閉めようとしたときだった。
「待って!」
我に返ると、マルグラントが必死に空を指さしていた。その方角を見れば、白い渡り鳥の群れが随分と列を乱して飛んでいる。そのなかで、ひと際大きな一羽が勢いよく落ちて来るのが見えた。
それが人間の子供だと気付く前から、オートは駆け出していた。
考える前に体が動くのは元からの習性。動物のように単純な奴だと、子供の頃からよく笑われた。しかし、オートはそうした自分のことが嫌いではなかった。
飛び出した自分の後ろから、マルグラントが追いかけてくるような気配がした。
――ああ、マルグラント様は、敷地内から一歩も外に出してはならないと言われているのに。
もし逃げられでもしたら、美しく聡明な年下の主人からどれほどの怒りを買うだろう。それでも今は、目の前の命しか見えなかった。
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