第3話 少年兵と王子

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 士官学校へ来てからは、それまでの鬱屈した思いを晴らすよう武道の習得に心血した。じっとしていると「なぜ自分はここにいるのか」と不毛なことを考え始めるが、体を動かしている間は何も考えずに済む。修練であれ鍛錬であれ、起きている間は常に体を動かした。  体が大きく頑丈だったことも手伝って、オートは二年も経たぬうちに、みるみる頭角を現した。剣の腕は大人でなければ相手にならぬほど上達し、周りの指導兵からはとても領主の坊々(ぼんぼん)だったとは思えないと言われた。  ――元々、世間で言う領主の息子みたいな生活はしてきていない。  オートの腕を認めた指導兵がこのまま卒業まで学校に置くのは惜しいと言い、軍への入隊を進言したのが、オートが十五になる頃のことだった。その歳で軍へ入隊することは極めて稀なことだったが、入隊試験と称して行われた兵長候補生との対決であっさり相手を組み伏せたオートに対し、誰も異を唱える者はいなかった。  ――将来が楽しみだ。  上官たちは口を揃えてそう言ったが、オートは自分に限界があることを知っていた。それをオートに教えたのは、自分より遥か上位の家柄を持つ同級生だ。  剣の腕はオートに遠く及ばなかったが、その代わりのように、いかに自分の血筋が素晴らしいかを得々と話して聞かせた。彼はあるときわざとらしく、没落領主の息子であるオートがどれほど腕を上げようと、士官となることには関係がないのだと皆の前で言い放った。  オートは努めて平静を装ったが、冷静になろうとするほど自分の出世に期待を寄せて送り出してくれた領民たちのことを思い出し、込み上げる憤りを抑えるのに必死だった。  ――ここでも、理不尽な扱いを受ける。自分の力だけではどうしようもないことで。  正式に王立軍へ入隊してからは、言われるままに課せられた責務だけをこなした。いかに努力しようと先が見えているのなら、命じられた以上の結果を出す必要もない。  年若い兵士には報酬として与えられるものも僅かで、町に下りて遊ぶことさえ馬鹿らしく思えた。得られたほとんどを家族へ送り、何の目的も持てないまま、十五歳の少年兵は老兵のような乾いた心で日々を過ごすしかなかった。   ◆  無為な気持ちのまま一年が過ぎる頃、オートは上官の指示通り、王子たちの護衛に付いていた。年頭行事のために、国王一家が王都で最も広い国立庭園へ(おもむ)いた際の出来事だった。  行事は毎年のことで、護衛はほとんど形だけのものだ。まして王でなく王子たちの護衛ともなると、兵士はオートを含め数人しか配置されていなかった。  それが起こったのは王と王妃が玉座に着き、新年の祝詞(しゅくし)を読み上げたときだった。オートは祝詞が始まってすぐに、不思議と胸が高鳴るのを感じて天を仰いだ。すると両翼(りょうよく)が三メートロはあろうかという一羽の大鷲が、王子たちを目がけて天空から垂直に落ちて来たのだ。
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