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第1話 天空の砦
吹き荒ぶ風が顔を刺す。千切れそうなほど髪がうねる。感覚を失うほど皮膚が冷えていく。息をすることさえままならず、全身に大きな獣がのしかかるような風圧に耐え、薄く瞼を開くと、灰色の雲間を真っ逆さまに落ちていることを確信した。
*
そのときリックは迷子になった仔羊を探していた。父に言われ、数頭の羊を連れながら空を眺めていたときのことだ。リックの碧い目は白い半月が浮かぶ空を映し、ますます碧くなった。
流れる雲を目で追っていると、白い鳥の群れが滑らかに飛んで来るのが見えた。大きな翼を持つその鳥は、海の向こうにある北の大陸から風と雲を連れて来る。昨日は冷たい雨も降り、この小さなヴェレーガル王国にも、間もなく冬が訪れるのだろう。
リックはふと、神話にある四神のことを思い浮かべた。慈愛に溢れた春の女神プランターパに、繁栄を司る夏の神サマーロ、豊穣をもたらす秋の神オータモと、深い智慧を持つ冬の神ヴィータ。
秋の神オータモは馬に乗り、颯爽と駆ける騎士の姿で描かれることが多かった。彼がこの地を去った後は、賢者のヴィータが静かに動き出す。吹く風はオータモが馬で駆け抜ける足跡で、その足跡に乗ってヴィータの遣いである白い鳥がやってくる。
「オータモ様、今年は米も麦も、良い実りを迎えることができました。それも、夏にサマーロ様がたくさんの太陽の光を大地に下さったから」
サマーロの名を口にしたところで、リックは春に届いたカミツレの白い花束のことを思い出した。物心がつく以前から、誕生日には必ず見事な花束が自分の元に届く。しかし丁寧な祝いの言葉が書かれた葉書にはサマーロという名しか記されておらず、今年もまた、夏の神の正体はわからないままだった。
次第に遠くなる鳥たちの姿は、カミツレの花弁に似ていた。ぼんやりと彼らを見送り、羊たちに目を戻すと、春に生まれた一頭の仔羊がいなくなっていることに気がついた。
リックはたちまち青くなり、水飲み場や陽あたりのよい丘、もしや戻っているかもしれないと小屋まで戻ってみたりもしたが、迷子の仔羊を見つけることはできなかった。仕方なくそれを父に話すと、父は呆れたような目をリックに向けてため息をついた。
――本当によく探したのか。お前も、もう十三になったんだ。数頭の羊を世話するくらい満足にできないのか。もう一度、よく探してくることだ。
でも、と言いかけたリックの口を塞ぐように、父は冷たく言い放った。
――見つけるまで帰って来るな。仔羊が、そう遠くには行けないはずだ。
父の言葉に腹の底から沸々と込み上げるものを抑え、口を閉ざして家を出た。
リックにとって、父はいつも頼りになる大きな存在だった。しかしその強さと厳しさが、近頃の自分には重荷にしかならなかった。心の拠りどころである母は三つになったばかりの弟の世話に忙しく、以前ほど自分に構ってはくれない。
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