第3話 少年兵と王子

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 考える間もなく、オートは駆け出していた。オートが駆け出すのと他の者たちが鷲に気付くのは、ほとんど同時のことだった。人々の(ざわ)めきに、王子たちも一斉に顔を上げた。  鷲が目指したのは、第二王子のフェーロだった。フェーロの頭を目がけて飛んでくる鷲の喉をオートが寸でのところで一突きにすると、鷲は体勢を崩し、苦しそうに身悶えた。暴れた鷲の羽が僅かにフェーロを掠め、フェーロは何事かを叫ぶと()け反るように後ろへ倒れた。  喉を一突きにされた後も、鷲はしぶとく羽をばたつかせ、なかなか死ななかった。オートを敵と認識するや果敢に襲いかかり、鋭い(くちばし)が何度かオートの体を突いたが、オートは構わず鷲の首に向かって剣を振り下ろした。    首が完全に落とされると、鷲の体はどさりと地面に落ちた。あたりにむっとした獣と血のにおいが漂い、周りにいた侍女たちは小さく悲鳴を上げて口元を押さえた。    オルトドクは青い顔で、首を切り落とされた鷲の死骸を見つめていた。フェーロの横にいたサメロはすぐさま兄を抱き起こし、オートもたった今の出来事に肩で息をしながら駆け寄ると、尻もちをついたままの彼に右手を差し出した。 「フェーロ殿下、ご無事で……」 「この役立たずが! 貴様も護衛なら、しかと我を守らぬか!」  フェーロは大声で(わめ)き散らすと、オートの手を払いのけた。  自分と同年代の王子から思いもよらぬ叱責を受け、オートは戸惑いを隠せなかった。追い打ちをかけたのは、フェーロの母親である側室からの言葉だった。 「ここにいるのは軍でも優秀な精鋭たちと聞いておりましたのに。王室が何のためにお前たちを養っていると思うのです。早くフェーロを手当てしなさい」  それを合図に、フェーロより遥かに血を流したオートを横目に、多くの側近と侍女たちがフェーロを抱えて城へ向かうための馬車に乗せた。  オートは今しがた起こった出来事に、呆然としたまま佇んでいた。自分はしっかりと、その役目を果たしたはずだった。しかし側室の言葉を気にしてか、心配して寄って来る仲間もいなかった。 「血が出ている。君もすぐに手当てをしたほうがいい」  そう言って、ただひとりオートに気遣いの言葉をかけたのがサメロだった。オートより年下で、少女と見紛(みまご)うあどけない雰囲気を残している彼は、懐から出した絹の布でオートの血を拭った。 「フェーロ(にい)様の無礼をお許し下さい」  微かに漂うカミツレの香りと、耳元で囁かれた言葉で我に返ったオートは、すぐさまサメロに跪いて頭を下げた。 「いえ、許しを請うのは私の方です。私が至らぬばかりに、フェーロ様が恐ろしい思いをされました。もっと早く気が付いていれば」 「そんなことはありません。あの段階で気付けば十分。フェーロ兄様と側室殿が騒いでいるだけで、兄様は怪我などしていませんよ」
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