第3話 少年兵と王子

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 ひそひそとした声で話すサメロは普段と違い、少し意地の悪い笑顔だった。オートはそれを見て、不思議と胸のすくような思いがした。 「兄様の無礼をお許し下さいと申し上げたのは、兄様がそうした教育を受けてこなかったからです。兵士も人間、自分と同じ命を持ち、傷つき、死ぬことを、誰も兄様に教えていません。無知ゆえの無礼と、ご容赦下さいませ」  オートは少し驚いて、は、と気の抜けた返事をした。目の前にいる愛らしい少年が、とても自分より年下だとは思えなかった。すると小柄な女性がサメロの後ろに立ち、諌めるような声を上げた。 「そのように知った口をきくのはお止めなさい。ごめんなさい、サメロが言ったことは頭の大きな子供の戯言とお聞き流し下さいませ」 「母上、でも」 「いいから。ご挨拶は中止よ、あなたも城へ戻る準備をなさい」  サメロは少し不服そうにしたが、オートに一礼すると侍女たちの元へ駆けて行った。残されたオートは、すぐに女性の前で敬礼した。彼女こそサメロの母にして王の寵妾(ちょうしょう)、エレジオに違いない。  エレジオは人目を避けるようヴェールを目深に被っていたが、その顔はサメロによく似て、レースの下に隠れていても目を見張るほど美しかった。 「あなたのように優秀な兵士が護衛にいて、フェーロ様も何と幸いだったことでしょう。最初に鷲の喉を突いたとき……あれは見事でした。まだお若いし、これからますます重用(ちょうよう)されるでしょうね。名をお尋ねしてもよろしいですか」 「オート・クラーゾと申します。お褒めに預かり大変光栄ですが、私などいくらでも切って捨てられる(した)()の雑兵に過ぎません。重用されたところで、先は見えております」  それを聞いたエレジオは、目を細めてオートを見た。周りでは侍女や自分の仲間たちが慌ただしく動いていたが、誰もオートとエレジオを気にする者はいなかった。 「あなたとはゆっくり話がしたいわ。今度、私を訪ねて下さる?」  突然のことに、オートは戸惑いを隠せなかった。自分のような若い兵士が寵妾からの誘いを易々(やすやす)と受けるのは命取りだ。もし王からあらぬ疑いを持たれてしまえば、郷里の家族にも迷惑をかけることになる。するとオートの心中を見透かすよう、エレジオはすぐ首を振って笑顔になった。 「その場にはサメロも呼びましょう。大丈夫、決してあなたと二人きりになったりしないわ」  エレジオはまだ血の滲むオートの手を取ると、細くしなやかな掌で包み込んだ。オートは途端に体へ温かいものが流れてくるのを感じ、ふと気が緩んで瞼が重くなった。目を閉じる瞬間、エレジオが左手に着けた指輪の小さな石が、淡く桃色に光ったような気がした。  オートはそのまま気を失い、目が覚めると城の療養所にある寝台の上だった。体は思いのほか軽く、鷲に突かれた傷口は、どれも綺麗に塞がっていた。   ◆
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