第6話 賢者の憂鬱(上)

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 アロモの質問に、サージェはちらりとヴィントを見てしぱしぱと瞬きをした。ヴィントはそれにうんざりしながらも、軽くため息をついてサージェの代わりに答えた。 「それは、もちろん読んでみたいですよ。読みたいに決まってるじゃないですか」 「ならば、掟など無視して読んでしまえば……」 「駄目じゃ!」 「駄目です!」  サージェとヴィントが大きな声を上げたことにアロモは少し驚いたようだったが、大人が揃ってむきになったのが面白かったのか、すぐに声を上げて笑った。ヴィントとサージェはアロモのことをじろりと見て、真面目な顔で首を振った。 「開けば国に災いが降りかかると言われています」 「そなたたちほどの智者が、そのような迷信を信じているとはな」 「迷信ではない。それは本当のことじゃ。そもそも禁書は、あれ単体では意味がない。無理に開けば、書かれていることは煙のように消える。紅の石がなければ……」  サージェは言いかけて口を(つぐ)んだが、アロモは更に悪い笑顔になった。 「ほう、禁書を読むのに紅の石が必要か。どうも引っかかるのだが、そなたら、本当は禁書に何が書かれているのか知っておるのではないのか?」  その言葉に、サージェはアロモの妖しく光る紅の石を睨んだ。 「そなたには殊更話すことはできん。話せば禁書と紅の石を、司書と石使いが分けて預かる意味がなくなる。これは書見塔の司書でも限られた者しか知らぬ、秘中の秘じゃ」 「左様か。ならばこれ以上は何も詮索すまい。そなたらのことを気に入ったからな。今後も長く付き合うためには、下らんことで関係を拗らせるようなことをしたくない」  自分たちが長年頭を悩ませていることを年若い彼から一蹴され、ヴィントは複雑な気分になった。しかしアロモはヴィントの様子を気にすることなく颯爽と立ち上がると、紅の石を窓に向けた。 「オーザの森からは勝手に出られぬ決まりだが、城と書見塔だけは自由に来られるからな。そのじいさんは随分と話し相手に飢えているようだし、そなたが淹れた紅茶も美味であった。そう言えば与えられた屋敷には先代の紅の石使いたちが遺した古書が山ほどあったのだが、古文書など読めもせぬし、あのまま屋敷に置いておくよりここで預かった方がよい気もするな……まあ、本日はこれで失礼する」  ひとりでに窓が開き、爽やかな風が吹き込んだ。アロモはそこから勢いよく外に飛び出すと、あっという間に姿を消した。ヴィントが驚いて窓から身を乗り出したとき、アロモは漆黒の翼を背負い、既に遠くの空にいた。 「ほう、動物の力もなしに自力で飛べるとは、歴代でもめずらしいのではありませんか」 「大した小僧じゃよ。あれは大物になるな。次に来るのが楽しみじゃ」  サージェは新しい友人を得た子供のように嬉しそうな顔をしたが、すぐにしみじみと悲しげな顔をした。 「紅の石使いが自由に行き来できる場所にはスクーロも入っていたはずじゃが、あ奴にとっては最早意味を持たぬ場所ということじゃろうな。マザレ学長は養母と聞いておったが、噂通り、盛大な反抗期の途中といったところか」 「今の彼にその話をするのは、火に油を注ぐようなものじゃありませんか」 「うむ。せめて儂らだけでも、味方の大人でいてやりたいからのう」
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