第1話 天空の砦

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 砦の入り口は断崖の絶壁を思い出させた。目の前には灰色の雲が広がり、大きな獣の唸り声に似た風が吹き荒れる。知らずと足が竦み、じりじりと後ずさった。 「僕、さっきまで空を落ちてたはずなんだけど」 「そうだな。そなた、天井を突き破って上から落ちてきたぞ。よくぞ無事だったものだ」 「父さんが助けてくれたんじゃないの?」  すると、アロモは憮然とした表情になった。 「父さん、という言い方はまだ早いのではないか? 俺のことはアロモと呼んでくれ。決してそなたのことを信用したわけではないからな」  先程とはまるで別人のような言い方に、リックは急に心細くなった。しかしそれを悟られぬよう胸を張り、改めてアロモに向き直る。 「僕がどうしてここに落ちて来たのか、僕にもわからないんだ。僕はただ、羊を探していただけなのに。アロモはどうしてこんなとこにいるの?」  アロモは目を細めると、品定めをするようにリックのことを見た。 「話すと長くなるが、簡単に言えば、ここに閉じ込められている。この砦はスクーロを裏切り、王室と通じていた石使いたちが総力を挙げて造ったものらしい。地上とは時間の流れが違うらしく、随分ゆっくり流れているようだ。おかげで腹も減らないが、地上の時間に換算すれば、もうひと月は閉じ込められているはずだ」  突然出てきた王室や石使いという言葉に、リックは混乱した。国を束ねる王室のことも、石を操り不思議な力を使う石使いたちのことも、自分とは程遠い世界のことだった。 「どうしてそんなことに……」 「この国の第三王子だったサメロの仕業だ。奴がマグを(さら)い、マグを盾に俺から(あか)の石を奪ってこの砦に閉じ込めた」 「サメロって……そんな、何で国王陛下が母さんを攫う必要があるのさ」 「国王陛下じゃない、今は王弟殿下だ。奴は俺から紅の石を奪うためにマグを攫った」 「紅の石って、そんなに大事なものなの?」  リックが驚いて尋ねると、アロモも驚いたように目を見張った。 「そなた、紅の石を知らないとはどういうことだ。俺の子供なら、当然石使いの血を引いているだろう。そなたも石を持っておったではないか。ほれ、拾っておいたぞ」  アロモはするりと、胸元から小さな硝子玉のようなものを取り出した。 「これ、石?」 「そうだ。しかし、無色透明でこれほど小振りものもめずらしい。装飾品として使われる石にしては大きいが、石使いが持つにしては随分小さい……」  リックはアロモから石を受け取ると、天井の隙間から僅かに零れる光にかざした。石は向こうが見えるほど透き通っていたが、目を凝らすとその奥が七色に光っているようにも見える。隣で同じように石を見つめていたアロモは、ふうむと感嘆の声を出した。
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