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「色を持たぬ石は初めて見るな。俺がスクーロから出た後に見つかったのか? 大きくはないが、特別な力があるのかもしれん。そなた、俺から石のことを教えられなかったのか。これでも俺は世間から、当世一の石使いとも呼ばれているのだが」
「石使いの話は聞いたことがあるけど、僕は石使いじゃないし、石を見たこともない。それに父さんが石使いで伯爵だったなんて、一度も聞いたことがないよ」
「元の身分が何であれ、紅の石使いになれば爵位を下賜される決まりだ。大体そなたの父である俺が石使いでないなら、俺は一体何をしているのだ」
「農夫だよ」
「農夫だと!」
アロモの剣幕に、リックはびくりと身を引いた。しかし自分のいた世界では、父は王都から遠く離れた田舎に住む普通の農夫に違いない。
リックが王都を訪れたのは昨年父に連れられて行った夏至祭のときが初めてのことで、スクーロや石使いの話題も世間話程度にしか父と母の口に上らず、まして父が石使いだったなど教えられたこともなかった。
「どうして俺が農夫をしている? 石使いじゃないのか? そなた、やはり俺の子供ではないな! 人違いだ」
「違わない! 僕は絶対、あなたの子供だし」
リックは必死に首を振った。ここで彼に見捨てられてしまっては、二度と元の世界に帰れないような気がした。アロモはそれを無視して虚空を見つめ、首を振ったり頷いたりしていたが、ようやくリックに振り返った。
「ひとつ聞くが、それならそなたの世界で紅の石を持っているのは誰だ」
リックはじっとアロモの黒い目を見据えた。知っているようなふりをしても、この男には逆効果だ。うそぶいて知ったかぶりをすることを、父は何より嫌っていた。
「そもそも、紅の石が何なのかわからない。見たことも聞いたこともない。僕がいた世界には、紅の石使いなんて呼ばれる人はいなかったと思うし」
「紅の石使いがいない……」
「紅の石って何? それって、普通の石と何か違うの?」
アロモは無言のまま、踵を返して靴音を響かせると暗がりに消えた。リックは仕方なく、よろよろとその後を追いかけた。
アロモに付いて塔の端までやってくると、彼は無残に折れた杖を手に、床をコツコツと叩いていた。もはや杖とは呼べぬ棒切れのようなそれを、コツコツ、コツ、コツ、と音楽を奏でるように動かすと、やがてぴしゃりと岩の割れる音がして、床に蜘蛛の巣のようなひびが入る。
「俺も、ただぼんやりとここに閉じ込められていたわけじゃない」
「ここから出られるの」
「俺ほどの石使いともなれば、どんな石でも使いこなせる。この砦を形成する岩の中にも、僅かながら力を持つ石が含まれているからな。これは滅びの印だ。各所に施せば、砦そのものが内から崩れ落ちる。しかし、そなたは俺より早くこの砦を出ることができるかもしれないぞ」
アロモはにやりと笑い、リックの虹色に光る石を見た。
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