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リックは再び、断崖の絶壁に立っていた。眼下には砦に付かず離れず、小島のような岩がいくつも浮かんでいる。アロモはリックの肩を抱きながら、空中へ足を踏み出そうとした。
「石があれば飛べる。そなただけでも先に地上に下りたらいい。俺に付き合っていては、外に出られるのがどれほど先になるかわからないからな。その石は、懐に仕舞っておけ」
アロモは至極落ち着いていたが、リックの鼓動は早くなった。
「石を使ったことなんてない。それに、ここには動物もいないじゃない」
石使いが動物に翼を与えて空を飛ぶことは知っている。しかし実際に見たのは数える程度で、どれも遠くに飛ぶ姿だ。水面に見た翼を持つ馬も、今や幻のように思えた。
「動物の力を借りて飛ぶのは二流がやることだ。一流は石さえあれば飛べる。そなたなら大丈夫だ。何しろ、超一流の血を引いているのだからな!」
アロモはリックの肩を抱いたまま飛び降りようとしたが、リックは必死に脇の壁にすがりついた。頑なに動こうとしないリックの頭に、アロモはふわりと手を置いた。
「そなた、マルグラントのことが心配ではないか?」
「もちろん心配だよ。どんなふうに攫われたのかも気になるし」
リックの言葉に、自信に満ちていたアロモの顔から表情が消えた。
「先頃、長く病を患っていた国王グランダが崩御し、第一王子のオルトドクが次の座を継承した。それに際して催された即位の儀に、俺とマグも招かれたのだが……」
多くの人間が集まったその場所で、突然マルグラントの姿が見えなくなった。アロモが第二王子のフェーロに声をかけられ、ほんの一瞬目を離した隙のことだ。気配まで忽然と消えて慌てていたところに、サメロから声をかけられた。
――先程、体調を崩されたようです。別室でお休みになっておられますよ。
柔らかな口調のサメロに案内され、連れて行かれたのは城の地下だった。
「今にしてみれば、そのときなぜ疑いもせずのこのこと後を付いて行ったのか……」
相手がサメロなのも悪かった。母親が王の愛妾だった彼は王室でも異端の扱いを受けていたが、三人いる王子のなかではとりわけ優れた人物で、部下である家臣たちからの信頼も篤い人格者であることは、世間も認めていることだった。
「俺も、まんまと騙されていた。人当たりがよく社交に長けていた上に、見目麗しい好男子だったしな。そのような王子が血筋のせいで王位に就ける望みも薄く、厄介者扱いされていたことを憐れにさえ思っていたのだ」
マルグラントは気を失ったまま、地下牢に捕われていた。姿を確認したときには既に遅く、自分の周りを大勢の石使いたちが囲んでいた。彼らは呻くように呪いの言葉を呟くと、各々が持つ石を一斉にアロモへ向けた。そしてアロモが自分の力を使わんとするより早く、サメロが先に紅の石の力を使い、呪文に止めを刺したのだ。
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