第14話 秘密の花園(上)

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「王室も司書も自分たちの責任を石使いに押しつけたまま、何事もなかったかのように生きている。自分たちの幸福と繁栄が、他人の犠牲の上に成り立っているとも知らずに」  そして話が終わると、母はサメロに石の使い方を教えた。母は父から贈られた指輪にあるほんの小さな石からさえ力を引き出し、操れるような石使いだった。 「石の大きさは関係ないのよ。それに大きく強い力を使うより、小さく細やかな力を使うことの方がずっと難しい。これを勘違いしている者が、石使いにも多いわね」  母はサメロに、僅かな力を使いこなせる者こそ石を持つのに相応しいのだと説いた。 「近い将来、きっとスクーロから紅の石使いは輩出できなくなるわ。純粋な石使いの血を引く者なんて、もうほとんどいないんですもの。でも、あなたなら大丈夫。いつかスクーロから紅の石を取り戻して、あなたが世界を変えるのよ」  サメロが歳を重ねるごとに、秘密は雪のように降り積もった。母がスクーロや書見塔、王室に対して抱える悲しみや憎しみは、そのまま自分に引き継がれた。 「司書たちは絶対に禁書を手放さないでしょうけど、構わないわ。それとは別に、紅の石について書かれた手記があるの。私と前代の紅の石使いが古い書物を紐解いて得た研究成果よ。きっと、今もオーザの森の屋敷にあるはず。古代文字を暗号のように使って書かれているから、もし誰かが見つけても簡単には読めないでしょう。それさえあれば、紅の石の力を最大限に引き出すことができるわ」 「でも、紅の石は禁書がなくても十分にいろんなことができるのではないのですか?」  サメロの素朴な問いかけに、母はめずらしく意地悪そうな顔をした。 「そうね。でも、禁書がなければ絶対にできないことだってあるのよ。たとえば、亡き者をこの世に蘇らせること……それは国を吹き飛ばす暴力的な力より、ずっと人の心を動かすのに効果的な力よ。この世界には自分と関係のない千人を犠牲にしても、たったひとりの愛する人を救いたいと思う者が大勢いるのだから」  母との秘密は、父に対する後ろめたさとなってサメロの心を締め付けた。王室の血を憎む母は父を少しも愛していなかったが、何も知らずに自分たちを愛してくれる父のことを、サメロは嫌いになれなかった。  父に隠し通さなければならない秘密が日に日に増えてゆくことは耐え難い苦痛だったが、父を慕う気持ちがあることを母に悟られてしまえば、今度は自分を分身のように思っている母が傷つくだろう。  そのような折、サメロは穴を掘って王の秘密を埋める理髪師の物語を読み、側近が職務を怠って自分の側を離れた隙に、ひとり城の裏にある雑木林を彷徨った。理髪師と同じように人気(ひとけ)のない場所に穴を掘り、思いの丈を叫んでしまえば楽になれると思ったのだ。
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