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リックが目を閉じて思い浮かべたのは、白く美しい渡り鳥の姿だった。彼らの真直に伸ばした翼は体に不釣り合いなほど大きく、飛ぶというより空中を滑っているように見えた。彼らの目に映っているのは、自分のよく知る故郷の空と大地だ。
あの一羽になり、同じように空を滑ることができたらさぞ気分がよいだろう。経験したことのない空の世界へ思いを馳せるうちに、不思議と恐怖はどこかへ消えた。リックが深呼吸をして目を開けると、アロモは驚くほど優しい顔になっていた。
「もう大丈夫だろう? そなたは飛べる。しかし飛べたからと言って、力に溺れてはならん。力は使うものであって、使われるものではない。石は強い力を持っているが、使いこなすにはそれに負けぬ強い心が必要だ。ひとつ、石の力に支配された人間の特徴を教えてやろう」
するとアロモは、リックの下瞼をぐいと引っ張った。
「目の色が変わるのだ。持つ石と同じ色になる。そうなってはもう遅い。その者は心を奪われて己の志を失い、やがて命を落とす。そして石は奪った心を糧に、更にその強さを増す。ゆえに石使いと言えど、身の丈に合ったひとつの石しか持てんのだ。弱い者が強い石を持てば、たちまち身を崩すからな」
「僕が持ってるような、色のない石の場合は?」
「そうだな……目に色がないと言ったら、失明か」
リックは自分の懐にある石が、急に重さを増すような気がした。
「そんな不安な顔をしなくてもいい。今のところ、その石からは禍々しい気配など感じない。それどころか、まるでそなたのことを守っているようだ。ただ心に留めておけ。石に頼り過ぎてはならない。心を強く持て。それからもしそなたが本当に先の世界から来て、この国の行く末なんかを知っているのだとしたら、それはあまり口には出すな。本当なら俺の子供だということも、知らずにいたほうがよかったのかもしれない……」
アロモはそこまで言ってから、何かを思い出したようにさっと顔色を変えた。
「ときにそなた、先刻サメロのことを国王陛下と言ったか」
言われて気まずく頷こうとしたリックの頭を、アロモが乱暴に掴んだ。
「いや、よい! もう何も俺に教えるな! 先のことを知り、それが自分の望む世界でなかったとすれば、変えようとする奴もいる。現に今、俺はサメロのことを殺してやりたいほど憎いと思っているのに、そんなことを聞いたら下手に殺せなくなるではないか。世界の道筋はひとつではない。むしろ、無限にあると言ったほうが正しかろう。何かひとつが狂えば、そなたが生まれない世界もあり得るのだ。己の言葉ひとつで自身の存在を消しかねんということを、よく肝に銘じておくのだな」
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