第19話 約束

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第19話 約束

 腹を一突きにされたフェーロの顔は青白く、体は既に生温(なまぬる)かった。オートは僅かに逡巡したが、静まり返った塔の奥に生きた人間と得体の知れない不気味なものの気配を感じると、すぐさま階段を駆け上がった。  塔の中腹まで登ってくると、自分の足音が誰かの足音と重なった。すると相手も自分に気付いたようで、慌てて階段を上がる音が聞こえたが、力強く追う足音に敵わないと思ったのか、ぴたりと立ち止まった。  オートは再び剣に手を掛け、暗い階段を慎重に上った。暗がりに目が慣れ、そこに立つ人物の輪郭がはっきりしたところで足を止めた。 「陛下……!」  自分を見下ろすオルトドクの顔は、それまでに一度も見たことがないほど自信に満ち、いつも卑屈そうに丸めた背中も、胸を張るように伸ばされている。いつになく堂々としたその立ち姿は、生前のグランダを思い出させた。 「貴様か。塔から放り出されたと思えば、頑丈なことだな」 「陛下、どういうことです。今、下でフェーロ様が」  するとオルトドクはオートの問いに答えることなく、からからと笑った。 「貴様、サメロの今の姿を見たか? 先ほど城より、望遠鏡(スコープ)を使って眺めていたのだ。誰より美しかったあの弟が体中に蛇を纏い、まるで人とは思えぬ化け物のようでな。見目に恵まれ、聡明過ぎるがゆえに愚かな弟よ。紅の石と禁書を手に入れれば、自分が神になれるとでも思っておったのだろうな」  困惑したままのオートを睨むと、鼻を鳴らして肩を竦めた。 「フェーロを殺したのは余だ。余の姿を見つけて、のこのこと後を付いてきた。その場にいたのが下っ端の警備兵だけだったのでな。良い機会だと思い、先に兵を殺し、次にフェーロを殺した。奴め、余が丸腰だと思っておったようだ。つくづく舐められたものよ」 「なぜ、そのようなことを……」 「奴は今でも余が玉座に就いたことを善しとしておらぬ。血の気の多い弟だ。余が奴を殺さねば、いつか奴が余を殺す。そもそも貴様が邪魔をしなければ、奴はとうの昔に消せていたはずだったのだ」  その言葉に、オートは十年以上前に起こった年頭行事のことを思い出した。 「あの大鷲は、あなたが仕掛けたものだったのですか!」 「皆はエレジオの仕業だと噂していたようだがな。あの女、よもや石使いであったとは。最後まで父上の庇護に預かりおって、よくぞ図々しく死ぬまで城におれたものよ。しかし、サメロもいずれ石に喰われて自滅してくれよう。追放の手間が省けて丁度よい」  オートはそこで初めて腹の底から煮えたぎるような怒りが沸き上がるのを感じた。それはオルトドクに向けたものと、彼の本性を見抜けなかった己にも向けられていた。 「どうしてそこまで彼らを憎めるのです。サメロ様もフェーロ様も、腹違いとは言え、血を分けた実の弟君ではありませんか!」  するとオルトドクの顔がみるみるうちに赤くなり、かっと目を剥いた。
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