第2話 三つの勢力

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第2話 三つの勢力

 小さな窓に切り取られた空は、絵画のようで現実感がない。格子の間から差し込む晩秋の陽射しは燦々(さんさん)として強く、マルグラントの白い肌をじりじりと()いた。  そこは王都の外に続く街道から、遠く離れた野原に建てられた古い屋敷だった。元は王族が忍んで静養するためのもので、外壁にはびっしりと木蔦(きづた)を巡らせ、野原に似せた広い庭を造って景色に溶け込むよう設計され、旅人はおろか街道を巡回する兵士さえさして気に留めることはない。  部屋の中心にある円卓の上には、フロールという若い侍女が用意した紅茶と、小麦を焼いて粉砂糖を(まぶ)したクケットが置かれていた。  赤いおさげのフロールは、ふわふわとした短い白銀の巻き毛に抜けるような白い肌と碧い目をしたマルグラントを見るなり、子供の頃から好きな異国の絵本に出てくる少女にそっくりだと言い、大きな目を輝かせながら人懐こい笑顔で挨拶をした。  彼女は少しでもマルグラントの慰めになるよう、限られた食材をやりくりし、三度の食事の他に必ず菓子を用意してくれる。マルグラントは生姜の香りがするクケットをあっという間に平らげると、口のなかでほろほろと崩れたそれを流し込むように紅茶を飲み干した。 「何でも美味しそうに召し上がるのは、書見塔の習わしでしょうか」  マルグラントの監視を務めている、オートという兵士が朗らかに笑う。オートはサメロが最も信頼を置いている部下のようで、屈強な体つきとは裏腹に、とても穏やかな男だった。 「婚約者が捕まったのに食欲のひとつもなくならないなんて、薄情かしら」 「いえ、そんなつもりで言ったわけではありません」  子供の頃に読んだ物語で、敵からの施しを拒み続けて死んだ騎士の話があった。物語は敵に屈しない彼の誇りを称えるよう締めくくられ、騎士は賞賛されていたが、幼くして両親を失っていたマルグラントには自ら命を手放すような思想は理解できなかった。  師であるヴィントにそれを訴えると、ヴィントは微笑んで頷いた。  ――そう思うのなら、あなたはそれでいいでしょう。自分の信じる生き方をしなさい。  その言葉は、今でもずっと自分を支えている。こと今のような状況においては、必ず生きてここを出てやろうと思うのだった。  幽閉されたとは言え、オートとフロールが穏やかで優しい者たちだったことはマルグラントにとって幸いだった。しかし、彼らが決してサメロの命令に逆らわないこともわかっていた。  サメロは度々、護衛の兵士も伴わず、ひとりでマルグラントの様子を見にやってきた。彼からはいつも瑞々しい花の香りがして、それがなぜかをオートに尋ねると、彼は人間より植物が好きで、自室で様々な草花を育てているからだろうと話した。
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