第5話 若き石使いの孤独

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第5話 若き石使いの孤独

 アロモはごくりと喉を鳴らして唾を飲んだ。空腹は既に感じなかったが、喉の渇きだけは耐え難い。  アロモが覚えている最も古い記憶は、からからに乾いた喉と臓物が締め付けられるほどの空腹に(さいな)まれながら、ひとりで暗い森を彷徨(さまよ)っていることだった。以来空腹と喉の渇きは苦い記憶を呼び覚まし、いつもアロモを憂鬱にした。  深いため息をつきながら、ゆっくりと腰を下ろした。リックが去った後も休むことなく歩き回り、隅々に印を施していったが、王室に寝返った石使いたちがよほど精魂込めて造り上げたのだろう、砦は予想以上に頑丈だった。  アロモは同じ石使いの中に、自分を(いと)う者が少なくないことを感じていた。昔から、身元不明の浮浪児だった自分が紅の石使いになったことを快く思わない者は多かった。  ――こっちだって、別に好きで紅の石を持ったわけじゃない。  しかしそのような思いなど、相手には微塵もわからないのだろう。ひたすらに劣等感を持った者たちが結束し、サメロの命令に便乗する形で自分を陥れたに違いない。 『あの子を外に出しておいて正解だったね。情けない姿を見せずに済んだ』  陽が差すように、頭のなかに明朗な声が降ってきた。彼は、いつも突然やってくる。 「呑気に言うな」 『でも、君も無理を言うよ。あの子が本当に石を使えなかったらどうするつもりだったの』 「そのときはそのときだ」 『それなら君も頑張って。心配ないよ。あともう少しだ』 「お前、自分がやってるわけでもないくせに。少し黙ってろ」  アロモは呟くと、目を瞑って意識の扉を閉ざした。   ◆  アロモは物心がついたときから、自分のなかにもうひとり人が住んでいることを知っていた。いつもは大人しくしているために、存在をすっかり忘れることもある。しかしアロモが悩んだり落ち込んだりするような場面には、必ずひょいと顔を出し、自分を励ますようなことを言うのだった。  彼は聡明で理解が早く、何も知らないアロモに様々なことを教えた。石の詳しい使い方を教えてくれたのも彼で、彼がいなければ、おそらく紅の石使いになどなれなかっただろう。  ときに憎らしいと思うことがあってもそれはお互い様で、何より体を動かす権限はアロモの方にあったことが、彼と上手くやって来られた理由だった。ごく稀に、ふと思い出したように彼がアロモの体を使うこともあったが、それはほんの僅かな時間で、彼はすぐ自分のなかに戻ってしまう。 『僕にも自由に動ける体があれば……この体は、やっぱり君のものだ』  いつかそう言うのを聞いて、少しだけ不憫に思ったこともある。
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