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第7話 賢者の憂鬱(下)
マルグラントはヴィントの予想を遥かに超えて優れた成績を取り、兄弟子たちも年の離れた妹分ができて嬉しいのか、よく世話を焼いた。ヴィントは彼らが少しずつ知識の大地を育てていく様子を眺めているだけで楽しく、教師の仕事にも徐々に自信がついていた。
そうしてマルグラントもここでの生活に馴染んだと思っていた頃だった。リーブロ、パーゾ、レゴシーノの三人が、夜更けにこそこそとヴィントのところへやってきた。
「ヴィント様、僕たちから少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
部屋に入るなり一番弟子のリーブロが口火を切ると、パーゾとレゴシーノも次々に口を開いた。
「俺たちが知ってること、ヴィント様にお伝えしたほうがいいような気がして」
「マグのことなんです。私たち、あの子が心配で」
三人の弟子たちは、当人がいないにも関わらず声を潜めた。
「実は、こないだマグが夜中に庭の花壇の前でこっそり泣いていたのを見つけたんです。僕が声をかけると慌てて部屋に戻ったんですけど」
「俺も陽が落ちてから庭でマグを見かけたことがありました。そのときは声をかける前に、部屋に戻ったみたいだったから」
弟子たちからの思いもよらぬ報告に、ヴィントは目を丸くした。
「そんなことが……何があったのか、あなたたちは知らないでしょうねえ」
「とくにこれっていうのは思い浮かばないんですけど、やっぱり家が恋しいんだと思います。私が家族から送られてきたお菓子を分けたら、少し寂しそうな顔をしていたし」
「僕も、父からの手紙を読んでるところをじっと見られてた気がする」
しっかりしているとはいえ、まだ十歳にもならない子供のこと。まして今までほとんど関わることのなかった共同体にひとりで放り込まれ、寂しさを感じないはずがなかったが、普段は全くそのような素振りを見せないために、ヴィントは気にしていなかった。
「教えてくれてありがとう。私はそんなことにも気が付けない、鈍い先生で申し訳ありませんねえ。代わりにあなた方が気付いてくれて、本当によかった」
すると、リーブロが首を振った。
「いいえヴィント様、マグが普段平気でいるのは、いつもヴィント様に可愛がってもらっているからです。自分がとても良くしてもらっていることを知ってるからこそ、ヴィント様には心配させたくないんだと思います」
「悔しいけど、マグは凄いですよ。きっと、あっという間に俺たちのことを追い越していく。ヴィント様も、とても期待されているんでしょう?」
兄弟子たちの優しい気遣いに、ヴィントは胸が熱くなった。マルグラントだけでなく、自分の弟子たちは立派に成長している。
「ありがとう。私にとっては、あなた方も間違いなく自慢の弟子ですよ」
後日、ヴィントは外への用事を利用して、ヴァガのサーカスが行われているキャラヴァンを訪ねることにした。子供の頃からほとんどを書見塔で過ごしたヴィントにとって、サーカスを訪れるのは初めてのことだった。
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