第11話 美しい人、愛しい子

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第11話 美しい人、愛しい子

 ひとりスクーロに戻ったベラは、マザレに書見塔での一部始終を話し終えると、力なく跪いた。  すべてが終わった後、一番隊の隊長に怒りを露わにしたオートは彼を力のままに組み伏せた。止めに入った兵士たちをも(ことごと)く打ちのめし、そうなったオートを止められる者は誰一人いないようで、残った兵士たちは皆粛々とオートに従った。  オートは自分の一撃で気を失った一番隊の隊長を担ぎ上げ、司書たちに向かって深々と頭を下げると、すぐさま城へと引き上げていった。 「ヴィント卿をお守りできなかったのは妾の落ち度です。その前に、アロモを止めることもできなかった。アロモは思いのほか、頭に血が上っていたのかもしれませぬ……」  マザレはベラが消え入るような声で話すことに、彼女の心中を察した。スクーロではアロモに次ぐほどの実力を持ち、普段の振る舞いが自信に満ち溢れているだけに、その様子はマザレから見ても痛々しかった。 「人一倍誇り高いあの子のこと、マルグラントが攫われたことも、石を奪われて閉じ込められたことも、ずっと我慢ならなかったのでしょう。あなたに責任はありません。それよりも、これからのことを考えなければ。ヴィント卿が命を()して書見塔とマルグラントを守ったというのなら、私も、自分の命より守りたいものがあります」  マザレの言葉に、ベラは俯いていた顔を上げて深く頷いた。そこに先ほどまでの萎れた様子は少しもなく、凛として美しい目には力強い光が戻っていた。ベラの表情にマザレは安堵し、自分が負う学長の任は彼女のような者にこそ相応しいと思うのだった。 「何としても、紅の石とマルグラントを取り戻さなければなりません。禁書が失われ、古き約束が破られた今、こちらも遠慮することなく力を以て王室を征することができます。マルグラントは城で身を預かっていると、オート曹長は言っていたのですね」 「はい。その言葉を信じればの話ですが」 「彼のことは私も知っていますが、そのような土壇場で嘘を吐く方ではなかったはず。それに、マルグラントはとても賢い子ですもの。きっとまだ無事でいることでしょう」  マザレはマルグラントがアロモと婚約する際、こっそり自分の元へ訪ねて来たことを思い出していた。目の色を誤魔化すために色眼鏡を掛け、特徴的な白銀の髪をすっかり帽子のなかに隠し、胡桃のクケットにヴィントが一番気に入っているという紅茶を手土産にやってきたマルグラントの姿はまだ記憶に新しい。   ◆  少年のように見えた小さい少女は、眼鏡と帽子を外すとたちまち妖精のような姿になった。  スクーロ学長マザレ・ノヴェンブロがヴァガを間近で見たのはマルグラントが初めてのことだったが、何より驚いて見惚れたのは、マルグラントが持つ宝石のような空色の瞳だった。 「ようこそいらっしゃいました。マルグラント、あなたに会えて嬉しいわ」 「私もご挨拶できて嬉しいです、マザレ様。アロモに言ったところでちっとも会わせてくれないし、すぐ不機嫌になるんですもの」 「ごめんなさいね。全部私のせいなのよ」
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