50人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ
第12話 父と息子
『後悔しているの』
――違う。そうじゃない。
『だから、本当にこれでいいのって聞いたんだ』
――今更、何を蒸し返す。だったらどうしてもっと強く止めなかったんだ。
『止めたって、聞くような君じゃないからね』
「それなら最初から何も言わずに黙っておれ!」
アロモが叫んで飛び起きると、ヌーヴォが驚いた顔で振り向いた。
「お加減は如何ですか」
ヌーヴォにそう言われ、アロモは記憶を辿った。
「俺は寝てたのか……」
「寝ていたというより、気を失っていたと言うほうが正しいのですが」
ヴィントが目の前で絶命した後、呆然とする自分の周りに大勢の司書たちが集まってきたことを覚えている。そこには司書に紛れて、オートの姿もあったような気がした。
司書たちはヴィントの亡骸を見ると一様に嘆き悲しみ、自分たちの今後を悲観しておろおろとしていたが、リーブロがパーゾとレゴシーノを伴ってひとまずその場を収めた。とくにリーブロは手際よく、今後自分たちが取るべき行動について、若い司書たちへ的確に指示を出しているようだった。
――ヴィント様は常々、自分に何かあれば後のことはあなた方に任せると仰っていました。その度にまだ先のことでしょうと笑っていたのですが、まさかこんなに早くその日が来るなんて。もしかするとヴィント様は、すべて予見されていたのかもしれません。伯爵も、お体は大丈夫ですか……。
気丈に振る舞っていても震えているリーブロの声は、途中からアロモの耳に入らなくなった。
張りつめていた緊張の糸が切れると、途端に咽返るような血のにおいが鼻につき、思わず嘔吐しそうになるのを堪えた。胃から込み上げるものを抑え込むと、帳が下りるように目の前が暗くなり、そこから先の記憶は途切れていた。
「ベラはどうした」
「マザレ様へ報告するためスクーロへ戻られました。私はここで、アロモ様の側にいるよう言われましたので」
「俺は寝ている間に、妙なことを口走ってはいなかったか」
「うわ言のように、マルグラント様とヴィント様のお名前を呼ばれていましたが」
アロモは頭を抱えて目を瞑った。視界が遮られると、敏感になった嗅覚が鼻先に残っている血のにおいを捉えた。瞼にヴィントの最期が浮かび、思わず息が止まる。
『だから、本当にこれでいいのって聞いたんだ』
彼の言葉が何度も頭の中で再生される。それは彼が言っているのではなく、自分が反芻させているだけだ。わかっていても、その言葉が頭のなかを駆け巡ることを止めることができなかった。何よりマルグラントのことを考えると、なぜ命を落としたのが自分ではなくヴィントだったのかと思わずにいられない。
アロモの思いつめた様子を見て、ヌーヴォは不思議そうに声をかけた。
「アロモ様は、よもやご自分のせいでヴィント様が亡くなられたとお考えなのですか?」
最初のコメントを投稿しよう!