第13話 隠された歴史

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第13話 隠された歴史

 オートが東の塔を訪れると、青い顔をしたフロールが出迎えた。 「マルグラント様が……ヴィント様のお話を聞いてから、食べるどころか水分さえ口にして下さらないのです。この状態が続いたら、お体がもちません」  フロールは強張った表情のまま頷くオートを部屋に入れた。そこには寝台に突っ伏したまま微動だにしないマルグラントの姿があった。 「マルグラント様、オートです。ヴィント様の最期をお伝えしたく参りました。どうか、俺の話を聞いては頂けませんか」  オートの掠れた声で、マルグラントはゆらりと体を起こした。振り向いた顔は雪のように白かったが、目の周りだけは赤く、瞼も重く腫れている。しかし赤く腫れた瞼の奥には碧く鋭い目が光っていて、オートのことを射すくめるように見つめていた。 「すべては、何ひとつ止めることのできなかった俺の責任です」  それからオートは時間をかけて言葉を紡ぎ、書見塔で起こったことを丁寧に話した。その間マルグラントは決してオートから目を逸らさず、オートもまた、マルグラントの目をしっかりとした眼差しで見つめていた。 「ヴィント様に止めて頂かなければ、俺は伯爵を殺していたでしょう。いえ、俺が伯爵に殺される可能性も十分にありました。ヴィント様は、俺の命もお救い下さったのです」  マルグラントは少しも表情を変えることなく、黙って話を聞いていた。オートが最後に深々と頭を下げると、部屋はしばらく沈黙に包まれた。 「ヴィント様の最期のお顔は見られたの」 「すぐ引き上げましたので一瞬でしたが、とても安らかなお顔をされていました。あのように壮絶な最期であったのに、なぜそのようなお顔ができたのか不思議でなりません」  マルグラントは己を奮い立たせるように立ち上がったが、細い体はすぐによろめき、慌ててオートとフロールが支えた。 「マルグラント様! 急に立ち上がったりしたら駄目ですわ!」 「大丈夫よ。ヴィント様が、私とアロモのことを守って下さったんだもの、しっかりしなきゃ。喉が渇いたから、お茶を飲みたいと思って」  生気を取り戻したマルグラントの様子に、フロールはようやくほっとしたように笑った。 「何も口にしてらっしゃらないんですもの、紅茶は駄目ですよ。まずは白湯を持って参ります。それに、すぐスープを拵えますから。オート様、後はよろしくお願いします」  フロールはそう言い残すと、勢いよく部屋を出て行った。マルグラントはオートから離れると、すとんと寝台に座り込んだ。 「本当に平気よ、ありがとう。オート、どうかあなたも自分を責めないで」 「マルグラント様……」  オートは言いかけて口を噤んだ。マルグラントの悲痛な顔に、彼女こそ自分を責めているのではないかと思ったが、かける言葉は何ひとつ出てこなかった。
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