第14話 秘密の花園(上)

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第14話 秘密の花園(上)

 ヴェレーガル王国第三王子サメロ・エストロ・ディ・ヴェレーガルは、幼い頃より自分が父母から愛されていることを知っていた。  城の侍女であった母から生まれた自分が第三王子を名乗ることができたのは、父が周囲の反対を押し切って決めたことだ。    父は、自分と母が王室の誰からも冷たい目を向けられていることを知っていた。二人を守れるのは己だけだと、持てる力で出来得る限りの手を尽くしてくれた。それは、父が母と自分を愛していたからに違いない。  自分によく似た美しい母もまた、惜しみなく愛情を注いでくれていた。  ――あなたは、まるで私の分身のよう。  それが母の口癖で、事あるごとにそう言っては自分のことを抱き締めた。幼い頃はそれを嬉しく思ったが、成長するに従って自我が芽生えてくると、その言葉が呪縛のように思えるときもあった。  しかし王室という狭い世界で母を愛しているのは父と自分だけで、他の誰からも疎まれていることを知っていたサメロは、愛おしく自分を抱き締める母の腕を振りほどくことができなかった。  その他に幼いサメロが心を痛めたのは、母が父を少しも愛していないことだった。  父が母をこの上なく愛していることは、誰の目から見ても明らかだった。母が王室で疎まれることになったのも、王妃と側室の母に対する嫉妬のせいだ。それほどの寵愛を受けながら、母は父の前では巧妙に愛されていることを悦んでいるように見せ、父の姿が見えなくなると人形のような無表情になるのが常で、愛するどころか憎んでさえいるように見えた。 「母上は、父上のことがお嫌いですか……?」  あるときサメロがおそるおそる尋ねると、母は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑った。いつもの優しい笑顔が、そのときだけは凍りついたように冷ややかだった。 「あなたに見抜かれるようでは、まだまだね。大丈夫よ、あなたは何も心配しなくていいの。私はあなたさえいてくれたら、他には何もいらないのだから」  父のことも母のことも好きだったサメロの心に、その言葉は深く刺さった。しかし幼かったサメロには、自分が傷ついていることがわからなかった。ただ、母の心には自分しかいないこと、自分だけが生きる支えなのだということだけは痛いほどに理解した。  母は何か大きな秘密を抱えていて、それゆえあれほど父に愛されていても孤独なのだということを、サメロは肌で感じていた。   ◆  その秘密はサメロが勉学を始め、知識を身につけるようになった頃から少しずつ明らかになった。現在(いま)ある王室のこと、スクーロと紅の石のこと、書見塔と禁書のこと。母はサメロと二人きりになったときにだけ、これは誰にも話してはいけないと必ず前置きをしてから、遠い昔の物語のような話を聞かせた。
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