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1話

 焼けた石畳から立ち上る陽炎。  立っているだけで、じっとりと汗が滲むような暑い夏の日。  リンドウ王国の王城前広場は騒然としていた。  広場の中央には処刑台が築かれており、その周りを取り囲むように黒山の人だかりができていた。  これから、処刑が執行される。  対象は十歳の少年。  つい先日、彼は御剱(みつるぎ)見聞と呼ばれる国家の将来さえ左右しかねない場所で、一振りの剣を手に、一〇〇名に上る少年少女の命を奪い去った。生き残ったのは、彼を含めてたったの三名。  殺害された者の中には、世界各国の重鎮達の子息も含まれていた。彼の犯した行為は、個人での責務ではなく、彼を御剱見聞という場に送り込んだ、リンドウ王国にまで責任が及んだ。  巨大国家、神聖アムルタート王国と、ガイゼスト帝国に挟まれる弱小国家であるリンドウ王国に、彼を擁護できるだけの力はなかった。それに、彼が御剱見聞で手にした剣は、『外伝(げでん)・絶光』。あらゆる場所、時代の節々で、国を滅ぼし、数多の人の命を奪い去ってきた災厄の剣だった。  この世に出してはいけない御剱。それが絶光。  御剱見聞での咎を負うべく、彼は今、こうして刑に処されようとしていた。  セフィラーの加護がありますように  彼をよく知る婦人が、両手を合わせて呟いた。  何処からか啜り泣く声が聞こえてくるが、彼を助けようとする者は誰もいない。彼に極刑を下した王族を非難する者もいない。彼を救うこと、それはすなわちリンドウ王国が世界中を敵に回すことになるからだ。王城では、彼の処刑を見届けようと、様々な国から関係者が訪れていた。  咎人であり、絶光と契約をした少年。厄災をその身に宿してしまった少年。彼が消えれば、世界は再び平穏を取り戻す。  誰もが、そう思い、願っていた。  両手を後ろ手で縛られ、目隠しをした少年は、広場の中央に膝を着かされる。 「ショウ・ミナヅキ! これより、刑を執行する」  ショウはきつく口を結んだまま、一言も言葉を発することはなかった。  黒い貫頭衣と三角頭巾を被った処刑人が、大ぶりの剣を振り上げた。刃が輝き、衆人達は固唾を飲んで見守った。  一滴の汗がショウの顎先から落下した。  処刑人の刃が煌めき、振り下ろされた。  あっけない終わり方だった。  野菜を切ったかのような音が、静まりかえった広場に一度聞こえただけ。  転がるショウの頭部。それを見た衆人達が、声を上げた。ある者は悲鳴を、またある者は歓声を上げた。  夏の暑い日、ショウ・ミナヅキはその短い生涯の幕を下ろした。  温い風に乗り、王城の方から歓声が聞こえていた。  黒いローブのフードを目深に被った少年は、僅かに覗く黒い瞳で王城を見つめた。 「いくぞ」  同じく黒いローブを纏った人物が、少年に声を掛ける。 「処刑は執行された。絶光の繰者ショウ・ミナヅキはこの瞬間、この世から消えた」  少年は頷く。 「ヨウ、急ぐぞ。こんな時でも、世界は着実に変わりつつある。時間は余りない。おまえには、俺の全てを学んでもらう。覚悟しておけよ」 「………はい、師匠」  少年は頷くと、師の三歩後ろを歩き出した。  ☆★☆★☆★☆★  熱気含んだ歓声がシジマの体を揺らした。  ローゼンティーナの内部にある、VROFの闘技場だ。ここで今、見窄らしい格好をした旅人、ヨウ・スメラギと、エストリエ第五八席のゼノン・ジン・マラキムが戦いを繰り広げていた。  エストリエであるゼノンはソフィアライズし、空中から無数の光弾を放つが、地を駆けるヨウは魔法で障壁を張り、攻撃を巧みに防いでいる。  ゼノンの攻撃が空転する度、歓声が沸き起こるが、それに比例してゼノンの攻撃も激しくなっていく。 「へへっ、どーした? ローゼンティーナの誇るエリート集団、エストリエはその低度なのかよ」  両手に展開した守護結界により光弾を防ぎきったヨウは、荒れた呼吸を整えながら上空に浮かぶゼノンを挑発する。 「あいつは、馬鹿か……!」  あの闘技場は仮想空間だ。そこで戦う二人も、仮想空間に入っているため、致命傷を負ったとしても命に別状はないが、受ける痛みは現実のそれと何一つ変わらない。ヨウは、それを知ってか知らずか、ゼノンを挑発し続ける。元々プライドが高く、好戦的なゼノンは、ヨウの挑発に乗りさらに攻撃の手を強める。  ゼノンはソフィアライズし、ドレスを身に纏っている。一方のヨウは、生身のままだ。結果は誰に目にも明らかだ。ここにいるみんなは、ヨウの挑発に乗ったゼノンが、どのようにしてヨウを仕留めるか、それが楽しみで仕方がないのだ。 「アリティア先輩! 落ちてしまいます、危険ですよ!」  舌打ちをしながら、シジマは隣で観戦するアリティアを見る。アリティアは手すりに体を預け、時折手を叩いて喝采を送っている。 「良いじゃないか。私は好きだよ、ああいう馬鹿はさ。シジマも、少しは馬鹿やった方が人生楽しいんじゃない?」  アリティアの邪悪な流し目にもう一度舌打ちをしたシジマは、手すりを握る手に力を込め、ヨウの動きを追った。  どうして、こんな事になってしまったのだろうか。彼、ヨウと出会ったのは昨日のこと。出会ったといっても、遠目で彼の姿を見ただけだ。それが、今朝学校へ来てみると、広場でヨウとゼノンが言い争いをしており、話の流れで決闘する事になってしまった。あの場に学園長がいながら、何故こんな私闘のような真似を許すのだろう。  シジマは振り返り、観覧席の最上部にある来賓席で腕を組んで戦いを見守っている学園長を見た。学園長は、氷の彫像のように冷たく、美しい顔をぴくりとも動かさずに戦いを見守っていた。 「ヨウ、負けるなら、さっさと負けろ。時間を掛けると、大変なことになるぞ」  直後、シジマの言葉が現実になる。  ひときわ大きな歓声が上がる。  ゼノンのソフィア、『砂蜥蜴』が周囲のセフィラーを吸収し、無数の岩石を発生させた。岩石のサイズは小さい物で二メートルほど、大きい物になると十メートルを超えていた。ゼノンは勝ち誇った笑みを浮かべると、それらを一斉にヨウに向かって降下させた。  乾燥した強い西風が吹いてくる。  眼下に広がるのは、荒涼とした岩場。さらに視線をあげれば、地平線の彼方まで一面の砂地が続いている。レッドストーン。そう呼ばれる砂漠地帯が、特別中立都市ローゼンティーナの西側に広がっていた。  シジマ、聞こえる? これから飛行訓練を始めるわよ。小一時間ほど、その辺りを周回してなさい。問題は起こさないように。 「はい、アリティア先輩」  頭の中に直接響いてくるアリティアの不機嫌な声に、シジマは胸中で溜息をつく。  シジマ・カーネギー。ローゼンティーナの三回生で今年二〇歳になる。褐色の肌に髪は短く刈り込んである。目と口が大きく童顔だが、人よりも二回りも大きな体躯は鍛え上げられており、筋肉の鎧と化している。  先月、ようやく試験にパスし、ソフィアを手にした。ソフィアの名は『雪蛍』。現在、雪蛍のソフィアは左手首で淡く美し光を放っている。  世界に満ちる時粒子セフィラー。そして、この世界とは位相の違う世界、精霊界メタエーテリアル。そこに住まう精霊と契約し、初めてソフィアはその効果を発揮する。  現在、シジマはソフィアの力をその身に宿し、ドレスと呼ばれる強化装甲を身に纏っている。装甲は雪蛍の放つ光と同じ、薄い青色。軽甲冑のように要所だけを守護し、ほかの部分は厚さ数ミリの液体金属・マルキニウムで作られた衣服となっていた。背部には周囲に満ちるセフィラーを吸収、排出し飛行や高速移動を可能とするウイングが二枚付いている。 「シジマ・カーネギー、訓練を開始します」  こちらの音声は届いているはずだが、アリティアからは何の反応もない。おそらく、モニターの前から外れて、居眠りでも始めたのだろう。  アリティア・ジジル・ウォン。五回生で生徒会のメンバーでもある彼女は、良い意味でも悪い意味でも自由奔放だった。勉強、戦闘、あらゆる面において優秀であることに間違いはないのだが、私生活があまりにもだらしなく、さらに様々な問題を起こし、幾度もローゼンティーナから追放という話も上がったほどだ。  思い悩んだ学園長は、仕方なく、アリティアを生徒会に押し込み、彼女の素行不良を正そうとした。教師達、生徒会のメンバー、様々な人の監視の元、ようやくアリティアは落ち着きを取り戻した。今のように、誰の目もないと素の自分に戻るが。 「よし! いくか!」  シジマは意識を背部のウイングに集中させる。ウイングを開くイメージを浮かべると、イメージに沿ってウイングが動く。  青いセフィラーを排出しながら、シジマの体は重さがないかのように雲一つない大空をを自由飛行した。 「雪蛍、各部異常なし」  身体能力を強化する人工筋肉もウイングの反応も申し分ない。  シジマは上空に飛翔すると、雲の上に出て一旦停止した。  深呼吸をして、周囲を見渡す。  巨大な白亜の城を中心とした城塞都市。それが永世中立都市ローゼンティーナだ。  ガイアで一番巨大な大陸、ティフェレトのほぼ中央に位置し、同時にその場所は東の神聖アムルタートと、西のガイゼスト帝国の国境線上に位置し、重要な貿易の中継地点としての役割も果たしていた。  ローゼンティーナは都市と呼ばれていても、主権も存在し、独立国として認知されている。小競り合いを起こしているアムルタートとガイゼスト帝国の中間にありながら、独自に振る舞うことができるのは、ひとえにローゼンティーナの特異性によるところが大きいだろう。  オーバーテクノロジーの結晶である御剱(みつるぎ)。御剱とは、ティフェレト大陸の遙か東方に位置する小さな島国、明鏡が管理する武器の総称だ。剣、槍、銃、弓、あらゆる武器の形が存在している。セフィラーの結晶に精霊を閉じ込めた核が存在するところは、ソフィアと同じだが、御剱は使用者である繰者と、さらにそのパートナー『鈴守』がいて初めてその真価を発揮する。『転神』と呼ばれるテクノロジーは、鈴守を素粒子レベルにまで一度分解し、繰者の体に纏わせる。ソフィアのように、繰者だけでも転神は可能だが、その能力値は鈴守を使用しての転神とは雲泥の差がある。  いにしえの時代より、明鏡で管理されてきた御剱。明鏡に住まう人々は、自分たちをガイアの管理者、星守と称し、世界を導いてきた。幾度もの大戦、天変地異を経て、地球と呼ばれた星はガイアと呼ばれるようになった。  明鏡は数々の大戦の裏で暗躍し、世界を操ってきた。約千年前、明鏡より御剱の技術が一部提供された。その提供された場所こそ、ローゼンティーナであり、以降、ローゼンティーナは御剱の技術をある程度解析し、誰にでも使用できるソフィアを生み出した。  千年たった今でも、御剱とソフィアとの力の差は歴然としているが、それでも、ソフィアは御剱のように周辺のセフィラーと反応し、ドレスを纏うことが可能となった。  以降、ローゼンティーナは各国から優秀な若者達を集い、訓練し、ソフィアを提供していた。ただし、ソフィアを賦与される人物は、いくつかの制約を受けることになる。  第一条。ソフィアを賦与された人物は、国家間の争いに荷担してはならない。  第二条。ソフィアを賦与された人物は、世界の平和に貢献しなければならない。  第三条。ソフィアを賦与された人物は、ローゼンティーナを守護しなければならない。  第四条。ソフィアを賦与された人物は、皆の模範とならなければいけない。  これがローゼンティーナ四箇条であり、最低限、守らなければいけないルールだ。そのルールがあるため、ローゼンティーナは都市国家という小さな単位でありながら、大国であるアムルタートとガイゼスト帝国の侵攻を受けずにいる。ソフィアを持つ人物、ソフィアリアクターはどの国家の軍事力よりも強力だ。そして、ローゼンティーナの第二条にある通り、各地で紛争などが起きた際、ソフィアリアクターはその仲裁役として出撃することもある。つまり、ローゼンティーナが存在している限り、小競り合いは起きようとも、大きな争いに発展することはない。仮に、発展した場合、非があると認められた方にローゼンティーナが刃を向けることになるからだ。  シジマは白亜の城を見下ろしながら、ローゼンティーナに来てよかったと、心の底から思った。ここは、世界の治安を維持する最前線であり、最後の砦だ。各国にソフィアの情報が流出し、様々な国がその研究に力を注いでいる現在でも、ローゼンティーナに比肩するだけの戦力を誇る国は見当たらない。
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